週末は、だいたい週一本のペースで、東大国語の第一問の解答解説を、ここにアップしています。今まで最新2018年から遡って2004年まで15年間分をアップしました。大手予備校各位が公開している解答と、是非比べて欲しいと意気込んでいるのですが、あまり反響はありません(笑)。しょうがないので、傾向が同じ2000年までをこちらでまとめて、出版社に送りつけてやろうかな、と思っている次第です(笑)。
今日は、たまには趣向を変えて、今年(2018年)の一橋大学国語第一問の解答解説をアップします。例によって、大手予備校各位の解答がバラバラです。こんなんじゃ、受験生は現代文の解答の何を信頼したらいいのやら、そもそも現代文記述の解答は1つに決まらないとか、現代文は運だからやってもしょうがないとか、いらぬ誤解がまかり通ってしまいます。これは、国語の講師として憂えるべき事態だ、と割りと軽い腰を上げてみました。笑
〈本文解説〉
出典は紀平知樹「知識の委譲とリスク社会」。著名な社会学者 W.ベックの説を引用しながら、産業社会と、その基盤にある科学の事例に即して「再帰的近代化」について述べる。
実は、こうした科学技術の現代的な課題に関するテーマは、前年のセンター試験本試「科学コミュニケーション」や東大第一問『芸術家たちの精神史』と強くリンクするものであった。
特に東大第一問は、直接言及されてはいないが「再帰性/自己準拠性」「再帰的近代化」に関わるものであったので、特に今回の一橋大学のものと親和性が強かった。よって、そこで事前にテーマに触れ深く理解する機会があったならば、「背景知識」として本番の本文の理解にも寄与したかもしれない。できるだけ質の高い多くの文章に触れ、虚心になって読み取り、結果として作品の思想や世界観を知ることは現代文の学びの醍醐味だ。
ただし、まずは「そこにある」言葉だけを手がかりに作品世界(意味世界)を立ち上げねばならない。だから教える方も、生徒が自力でそれができるよう、可能な限り素材の言葉に準じたソリッドな解説を、まずは心がける必要がある。そして解答を導いた上で、時間が許す限り今後有効になる「背景知識」を整理するのが手順だろう。
本文は三つの意味段落からなる。
近代化の帰結として生じてきたリスクは、直接的に経験できず、科学的知識によって可視化される。
は「再帰的近代化」に関わる。再帰的近代化が単純な近代化と異なるのは、後者が産業化や工業化の過程であったのに対し、前者は近代化が生み出した成果そのものが自らを破壊し、それを産業化する過程であるといえる。(地球温暖化の例をはさみ)このように世界を産業化し尽くした後に、自らを産業化する過程こそが再帰的近代化であり「それは確かに単純な近代化と同じではないにしても、それとまったく異なった種類のものであるわけでもない」(傍線部一)。
この再帰的近代化という過程は、産業社会を下支えする科学自身についても生じている。単純な科学化は、いまだ科学化されていないものを科学化していく過程である。ところが、再帰的な段階において、科学は自らの生み出した問題と「対決」することになる。(緑の革命の例をはさみ)この緑の革命は、近代化の第一段階といえる。すなわち、いまだ科学化・産業化されていなかった農業に科学の手がつけられ、産業化されていったのだ。しかし、それが引き起こした諸問題(リスク)に対する批判の矛先が科学に向くようになる。この段階で科学は、自らが生み出したリスクと、その基盤となっている科学自身に目を向けなければならなくなり、再帰的近代化の段階にいたる。
〈設問解説〉
問い一. (漢字)A.養殖 B.欠陥 C.賄 D.肥沃 E.矛先
問い二. 傍線一「それは確かに単純な近代化と同じではないにしても、それとまったく異なった種類のものであるわけでもない。」とあるが、これはどういうことか。本文全体をふまえて答えなさい(90字以内)。
内容説明問題。主語を具体化した上で、構文を次のように決める。「再帰的近代化は/Aの点で(単純な)近代化と異なるが/Bの点で近代化と重なる」。まずは傍線部のある意味段落(産業社会における再帰的近代化)で考えて、その後で(科学における再帰的近代化)を踏まえ一般化する。まず、そもそも単純な近代化とは「産業化や工業化の過程C」であり、そこからAには「近代化が生み出した成果そのものが、自らを破壊(する)A´」が当てはまる。Bは「成果を生み出しつつ破壊する/産業化し尽くした…自ら自身を産業化する」という記述と「排出量取引の市場化」という例をふまえて「破壊を起点に新たな産業化を進めるB´」とする。次にの記述を踏まえる。基本的に「産業社会の再帰的近代化∽科学の再帰的近代化」なので、A´とB´を一般化すれば足りるが、「(単純な科学化は)いまだ科学化されていないものを科学化していく過程C´」という記述を一般化し「単純な近代化」の説明とする。おまけで「再現(再生)」という言葉で「再帰的」というニュアンスを強調した。
<GV解答例>
再帰的近代化は、近代が生み出した成果により自らを破壊する点で自己領域の拡大を進める近代化に反するが、その破壊を起点として新たに自己を展開していく点で近代化を再現しているということ。(90字)
<参考 S台解答例>
再帰的近代化は、科学化・産業化されていない対象を科学化・産業化するのと違い、科学による産業化が生んだ破壊を対象とするが、それもさらなる科学化・産業化を生む点で同質であるということ。(90字)
<参考 K塾解答例>
再帰的近代化とは、人間が自然などに働きかけることで得られる近代化の成果を破壊するとともに、新たな産業化の過程も創造するが、両者は科学による産業化である点で通底しているということ。(89字)
問い三.傍線二「外部化」とはどういうことか、答えなさい(15字以内)。
内容説明問題。傍線部は、意味段落の中で「緑の革命」という事例を説明する引用部の中にある。傍線部を含む一文を抜き出して整理すると、「この(科学的知識による)脱文脈化の過程を通じてA/科学が自然や社会に及ぼすマイナスの破壊的影響はB/外部化され/見えなくなる」。
通常、引用部はその前後の本文と照合させる。そこから「外部化」についての直接的情報は得られない。しかし、それを導く「脱文脈化」については、「緑の革命以前の農業が、その土地の環境という文脈に即したもの」という記述から「具体的状況から切り離すことA´」となる。ここから先ほどの一文を再整理すると「A´→Bが外部化→Bが見えなくなる」となる。
前後では手詰まりなので視野を広げる。すると、「リスク(Bと対応)の不可視化」について述べられた、意味段落に目がいくはず。すると「リスクの不可視化」につながる要素として「因果関係が遠く離れ(る)/直接的に経験できず」という箇所がピックできる。この内、A´からつながり、かつ「(内部に対する)外部」のニュアンスを出すものとして「直接的に経験できない」を答えの核に決める。つまり具体的な内部(共同体)世界から切り離されることで、経験の範囲を越え、リスクが知覚できなくなるのである。
<GV解答例>
直接的経験が不可能になること。(15字)
<参考 S台解答例>
無関係なものと見なされること。(15字)
<参考 K塾解答例>
科学の範囲から除外すること。(14字)
問い四. 筆者はこの文章の後で科学が「ある種の政治的な力」を持つことに言及している。科学が、「政治的な力」を持つのはなぜか、文章の内容から推定しなさい(60字以内)。
理由説明問題。細かいことだが、問いで「ある種の政治的な力」を言い直して「政治的な力」を持つのはなぜか、としている点に注意しよう。言うまでもないが、「政治的な力」を直接的に持つのは、(少なくとも当分の間は)科学そのものではなく、それに習熟したテクノクラートなどのエリート層である。だから「ある種の」という断りを設けていると推定できるが、そこを省いたのは、上記のことは解答に反映させなくてもいいということだろう。
この文章のテーマである「再帰的近代化」の段階における科学の支配力について指摘する。一点目は、意味段落より「科学こそが不可視化されたリスクを可視化する」ということである。二点目は、意味段落より「科学が引き起こしたリスクの解決も、科学に依存するしかない(再帰性)」ということである。これは「再帰的近代化」段階に特有の科学の支配力(→政治的な力)だから、その前提を忘れると大きな減点を食らうはずだ。Good luck!
<GV解答例>
再帰的近代化の段階に至り、科学の生み出すリスクは科学によってしか可視化できない上、その解決も科学に頼らざるをえないから。(60字)
<参考 S台解答例>
科学によるリスクは直接知覚し難く、科学的知識により判定されるため、科学を権威化することで社会のあり方を誘導しうるから。(59字)
<参考 K塾解答例>
リスクを可視化するのは科学だけであり、リスクへの対処も科学によらざるを得ないため、科学が特権的な社会的影響力をもつから。(60字)
沖縄県那覇市の大学受験予備校グレイトヴォヤージュ
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