問い 右の文章を要約しなさい(200字以内)。
出典は中村桃子『翻訳がつくる日本語 ヒロインは「女ことば」を話し続ける』。
問い 右の文章を要約しなさい(200字以内)。
要約問題は、形式に則った客観的な読み取りと、そこから得られる内容理解と本文構造に即した表現力を問うものである。その点で、現代文における学力がストレートに試されているといえる。したがって、一橋大学の受験生でなくとも、100字~200字程度の要約をして的確な添削指導を受けることは、学力養成の良い機会となるだろう。
要約作成の基本的手順は、以下の通り。
本文の表現に着目して重要箇所を抽出する(ミクロ読み)。
本文をいくつかの意味ブロックに分けて、その論理構成を考察する(マクロ読み)。
本文の論理構成に基づき、要約文の論理構成の骨格を決める(例えば、本文が2つのパートに分かれていれば、要約文も原則2文で構成するとよい)。
骨格からもれた付加要素を、構文を崩さない程度に盛り込んで仕上げとする。
①段落。女ことばや男ことば、方言のような言葉づかいの働きの一つは、話し手や聞き手、話題となっている人のアイデンティティを表現することである。…
②段落。以下では、さまざまな言葉づかいを、私たちがアイデンティティを表現する時に利用する材料とみなす考え方を紹介して、その考え方に沿って翻訳を理解する意義を見ていこう。
③段落。では、ことばとアイデンティティはどのように関係しているのだろうか。その関係は、大きく本質主義と構築主義に分けて理解することができる。
④段落。これまで、ことばとアイデンティティの関係は、話し手にはあらかじめ特定の特徴が備わっていて、話し手は、その特徴に基づいて特定の話し方をすると理解されていた(a)。このように、アイデンティティをその人にあらかじめ備わっている属性のように捉えて、人はそれぞれの属性に基づいてことばを使うという考え方を「本質主義」という(b)。
⑤段落。(具体例)
⑥段落。しかし、このような考え方では説明のつかないことがたくさん出てきてしまった(c)。もっとも大きな問題は、人は誰でもそれぞれの状況に応じてことばを使い分けているということである(d)。…
⑦段落。私たちが、あらかじめ持っているアイデンティティに基づいて特定の話し方をすると考えると、このようにことばをさまざまに使い分けていることを説明できない(cd)。
⑧段落。そこで提案されたのが、アイデンティティを言語行為の原因ではなく結果ととらえる考え方である(e)。このように、アイデンティティを、言語行為を通して私たちが作りつづけるものとみなす考え方を「構築主義」と呼ぶ(f)。私たちは…特定の言葉づかいをする行為によって自分のアイデンティティを作り上げていると考える(g)。…
⑨段落。それでは、自分という人間の統一性などないのかと不安になる人もいるかもしれない。…構築主義ではこの問題を、「習慣」という概念で説明している。私たちは、繰り返し習慣的に特定のアイデンティティを表現しつづけることで、そのアイデンティティが自分の「核」であるかのような幻想を持つ。この幻想が、自分という人間には一定の統一性があるように感じさせているのである(h)。
⑩段落。構築主義の考え方を翻訳に当てはめると、どうなるのだろう。(具体例)。従来の本質主義の考え方に従えば、これらの職業に従事している人には何か共通した特性があり、翻訳家がそれを表現するために「ぼく、さ」を使ったという見方がされる。しかし構築主義は、…ない。むしろ、話し手は、特定の言葉づかいを使うことで特定のアイデンティティを表現するという考え方を採用している(i)。
⑪段落。翻訳の場合も、これら職業人の発言を繰り返し同じような言葉づかいに翻訳する行為が、これら職業人に共通したアイデンティティを付与することになると考えるのである(j)。…そして、その結果、日本語にどのような変化がもたらされたのかを考えるのである(k)。
①②は前置き、③でそれを承け「ことばとアイデンティティはどのように関係しているのだろうか」と主題が提示される。以下、④⑤が従来の「本質主義」の説明、⑥⑦で「本質主義」の限界を指摘し、⑧で新たに提案された「構築主義」を説明する。⑨は「構築主義」についての補足だが、その後につながらないので要約からは省いてよい。
以上「ことばとアイデンティティの関係」について「本質主義」から「構築主義」への変換を説明したことを承け、⑩⑪はその「構築主義」を「翻訳」に当てはめて考察する。
の分析に基づいた要約構成は以下の通り。
A「ことばとアイデンティティの関係については、従来〜本質主義が採られていた(a)」(③④)。
B「しかし本質主義では説明のつかないことが出てくる(c)中、〜構築主義が提案された(e)」(⑥⑦)。
C「翻訳の場合も〜構築主義が採用されている(i)」(⑩⑪)。
細部について。Aの「本質主義」とBの「構築主義」については対比を明確にし、それぞれ「所与の属性→特定の話し方」(ab)、「特定の話し方→アイデンティティの更新と確認」(fg+h)という方向で説明を加えた。Bの「本質主義の限界」については、(d)を踏まえ「状況に応じたことばの使い分けなど(d)/本質主義では説明のつかないことが出てくる中(c)(〜構築主義が提案された)」とした。
Cの「翻訳における構築主義」については、(j)の記述を圧縮・一般化し「翻訳行為の反復により登場人物のアイデンティティが付与される構築主義」とした。Cに本文最終文(k)を付け加えるか否かについては、「日本語の変化」に関してそれまで一切述べられていないことから、本文の結論とはせず、要約から省くことにした。
〈GV解答例〉
ことばとアイデンティティの関係については、従来、話者は所与の属性に基づき特定の話し方をするという本質主義が採られていた。しかし、状況に応じたことばの使い分けなど本質主義では説明のつかないことが出てくる中で、話者は特定の話し方をすることでアイデンティティを更新し確認するという構築主義が提案された。翻訳の場合も、翻訳行為の反復により登場人物のアイデンティティが付与されるという構築主義が採用されている。(200)
〈参考 S台解答例〉
言葉とアイデンティティの関係は、自己の属性に基づき言語行為が生じるとする本質主義で理解されてきたが、これでは状況に応じた言葉の使い分けを説明できないため、言語行為を通してアイデンティティが作られ、一定の言葉づかいが習慣化されてその統一性が仮構されるとする構築主義が提案された。翻訳においても、ある種の人々の発言を一定の言葉づかいに訳すことが、彼らに共通のアイデンティティを付与すると考えるのである。(199)
〈参考 K塾解答例〉
言葉とアイデンティティの関係は、人は内在する属性に従い言葉を使うとする本質主義で説明されてきた。だが、これは状況に応じ言葉を使い分けている実態と異なるため、人の特徴は言葉で作られ、その特徴を表現し続ける中で自らの統一性を感じるとする構築主義が登場する。この考えによれば、海外のある種の職業人の人物像は彼らの発言を同様の言葉遣いに繰り返し翻訳することで得られ、そこに生じる日本語の変化が考察対象となる。(200)
〈参考 Yゼミ解答例〉
言葉づかいとアイデンティティは深く結びついている。本質主義は発話以前に存在するアイデンティティがそれにふさわしい言葉づかいを選ぶと考え、構築主義は話し手が言語行為を通してアイデンティティを作りつづけ、その習慣化がその人の核を形成すると考える。後者の考えを翻訳に当てはめると、特定の職業人の発話を特有の言葉づかいで翻訳することで、その職業にふさわしいアイデンティティをその人に付与することが可能になる。(200)