〈本文理解〉

出典は大嶋義実『演奏家が語る音楽の哲学』。
 
①段落。「魔笛」の作曲者モーツァルトは「フルート嫌いだった」(傍線部A)という。…
 
②段落。もし本当にモーツァルトがこの楽器をこころから嫌っていたとしたら、後年「魔笛」の依頼を引き受けることなどなかっただろう。毛嫌いする楽器が大活躍する物語に興味を示すとは思えないではないか。…実際は、興味を示さないどころかモーツァルトは作曲にあたり、セリフの細かいところまでチェックを入れている。…(〜⑥段落)。
 
⑦段落。そんなわけで筆者はこのオペラを幾度となく吹いた経験からも、また観客としてウィーンでたびたび楽しんだ体験からも、モーツァルトがフルートを嫌っていたなどという説が真実ではないことを確信している。
 
⑧段落。わざわざ「魔笛」を引き合いに出すまでもなく、笛には霊力のようなものが宿っているという信憑は、地球上のかなりの地域に流布している。
 
⑨段落。日本でも平安時代の牛若丸から、戦後の笛吹童子まで、あらゆる時代に、笛にまつわる説話や民話が語り継がれてきた。…
 
⑩段落。物語の世界だけではない。笛の魔力を間近に見せつけるのが能管によるヒシギだ。それは一瞬にして、この世の時間と空間をひっくり返してみせる。笛が鳴った刹那、聴く者はあちら側の世界へと連れ去られていく。いやむしろ、向こうの世界がこちらに呼び寄せられる、といったほうが適切かもしれない。時空が切り裂かれたかのような不思議な感覚は、能舞台から聞こえるその音に出会った瞬間誰もが体験できるものだ。
 
⑪段落。「笛の音がこの世ならざる世界との接点を持っている」(傍線部B)、と思わせるのは能だけではない。そうした感覚はもともと雅楽からきているのかもしれない。…(〜⑬段落)。
 
⑭段落。言葉を超えて笛の音がこころに直接作用すると感じるのは、ひとに生来備わる本能のようなものなのだろうか。ひとびとは人知を超えた世界があることを、その音を通して知ったのかもしれない。
 
⑮段落。世界のひとびとに共通する笛の想いは、そこに「息」が介在しているからであろうことは容易に想像がつく。《いき》すなわち息は《生き》ることの根底にあるものだ。人は息をして生き、息を引き取って死ぬ。文字どおり生命の神秘が息には宿っている。…(〜⑯段落)。
 
⑰段落。そして《息》とダイレクトに繋がっている唯一の楽器が笛であることを見逃すわけにはいかない。息が直接音になる楽器は笛をおいてほかにはない。他の楽器はすべて音のもととなる物質が介在している。…それはひとの声であっても変わらない。筋肉である声帯が物理的に振動しているからだ。
 
⑱段落。声も含めてすべて楽器から発せられる音はそこに在るモノが鳴る。ただ笛だけがそこに無いものが鳴る。
 
⑲段落。このことに昔のひとはずいぶんと畏れをいだいたはずだ。人間は雷鳴や梢を鳴らす風の音に異界からのメッセージを聴くことができる。それと同じように笛の音を聴いたとしても不思議ではない。
 
⑳段落。つまり「無いのに在るもの」(傍線部C)の存在を直感的に悟らせる音として、古来、人類は笛に接してきた。わたしたちが特別な魅力を感じる音色の秘密がここにある。
 
㉑段落。…
 
㉒段落。世界ではドイツで発見されたおよそ三万五千年前のハゲワシの骨で作られた笛が最も古いものとして知られる。これはおそらく楽器としても人類最古のものだ。やはり祭祀のようなものに使われたのだろう。…さらに古い楽器があるとすれば打楽器だ。楽器として出土はしなくとも、叩いて音の出るものはどんなものでも楽器になるからだ。笛と打楽器の組み合わせは、ひとが初めて行ったアンサンブルだったのではないか。
 
㉓段落。そう考えると、日本の習俗ともいえる「笛と太鼓」は、太古の人類の記憶をそこに留める響きかもしれない。その音が鎮守の森の祭礼に欠かせないことも「音楽の起源」(傍線部D)をうかがわせて興味深い。
 

問一 (漢字の書き取り)

1.生涯 2.退散 3.流布 4.妖術 5.獣性 6.人知(智) 7.降臨

 

問二「フルート嫌いだった」(傍線部A)とあるが、作者のモーツァルトをそうでないと考えるのはなぜか。30字以内で説明せよ。

理由説明問題。①段落から⑦段落までが第一意味段落となり、問二の解答範囲と対応している。その中で、答えの根拠となるのは、傍線部の次、②段落「もし本当にモーツァルトがこの楽器をこころから嫌っていたとしたら、後年「魔笛」の依頼を引き受けることなどなかっただろう。毛嫌いする楽器が大活躍する物語に興味を示すとは思えないではないか(a)。…実際は、興味を示さないどころかモーツァルトは作曲にあたり、セリフの細かいところまでチェックを入れている…(b)」の記述と、具体的記述を挟み、⑦段落「そんなわけで筆者はこのオペラを幾度となく吹いた経験からも、また観客としてウィーンでたびたび楽しんだ体験からも、モーツァルトがフルートを嫌っていたなどという説が真実ではないことを確信している(c)」。
 
以上を合成して、答えは「笛の大活躍する「魔笛」(a)/の作曲に執心した(b)/跡を今実感できるから(c)」となる。
 
〈GV解答例〉
笛の大活躍する「魔笛」の作曲に執心した跡を今実感できるから。(30)
 
〈参考 S台解答例〉
「魔笛」から笛の力を信じる思いが本物であることが分かるから。(30)
 
〈参考 K塾解答例〉
魅力的な笛の力への作曲者の信頼を、実体験で知っているから。(29)
 
参考 Yゼミ解答例〉
笛が最大限魅力を発揮できるよう細かい修正を行っているから。(29)
 
〈参考 T進解答例〉
フルートが特別な力を発揮する「魔笛」を注意深く作曲したから。(30)
 

問三「笛の音がこの世ならざる世界と接点を持っている」(傍線部B)とはどういうことか。50字以内で説明せよ。

内容説明問題。⑧段落から⑭段落までが第二意味段落となり、問三の解答範囲と対応している。傍線部の後は、「〜接点を持っている」と思わせるのは能だけではない、と続くので、「能」について述べられた、前⑩段落「笛が鳴った刹那、聴く者はあちら側の世界へと連れ去られていく。いやむしろ、向こうの世界がこちらに呼び寄せられる(a)」が根拠の一つ。もう一つ、具体的記述を挟んで、⑭段落「言葉を超えて笛の音がこころに直接作用すると感じるのは、ひとに生来備わる本能のようなものなのだろうか。ひとびとは人知を超えた世界があることを、その音を通して知ったのかもしれない(b)」も根拠となる。
 
これらと、第二意味段落をリードする⑧段落の記述「笛には霊力のようなものが宿っているという信憑は、地球上のかなりの地域に流布している(c)」を併せ、解答は「霊力のようなものが宿る笛の音は(c)/人の心に直接作用し(b)/人知を超えた世界を立ち上げる契機になるということ(a)」となる。傍線部の「接点」という語を「契機」としたところにも注目したい。
 
〈GV解答例〉
霊力のようなものが宿る笛の音は、人の心に直接作用し人知を超えた世界を立ち上げる契機になるということ。(50)
 
〈参考 S台解答例〉
笛の音は、人のこころに直接作用して、人知を超えた異界の存在を感得させる霊力を秘めているということ。(49)
 
〈参考 K塾解答例〉
笛はそれが鳴った瞬間、神秘的な力によって、人知を超えた時空間と関わる感覚を直にもたらすということ。(49)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
笛には魅力や魔力があると信じられ、人知を超えた世界とこの世を結びつける力を持っているということ。(48)
 
〈参考 T進解答例〉
笛の音には、彼岸や天や魔物のような人知を超えた世界をこの世と結びつける力があると言うこと。(45)
 
 

問四「無いのに在るもの」(傍線部C)とはどのようなものか。60字以内で説明せよ。

内容説明問題。⑮段落から20段落までが第三意味段落となり、問四の解答範囲と対応している。傍線部一文は、その締めにあたる20段落の冒頭、要約の接続詞「つまり」に導かれる内容である。傍線部のうち「無い」に相当するのは、⑱段落「ただ笛だけがそこに無いものが鳴る」という記述。その「無いもの」とは「息」であり、他の楽器と違い、それ以外の「音のもととなる物質が介在し」ないで、笛と「ダイレクトに繋が」るという点で「無い」のである(⑰)(→a)。また、その「息」は「《生き》ることの根底にあるもの」で、それゆえ「生命の神秘」を宿す、ということも押さえておきたい(⑮)(→b)。
 
次に、傍線部のうち「在るもの」に相当するのは、直前の⑲段落より、「雷鳴や梢を鳴らす風の音」と同じく笛の音にも「在る」はずの「異界からのメッセージ」である(→c)。以上より、答えは「どんな物質も介在させず(a)/生きることの根底にある息が(b)/笛と直接つながり生まれる音に(a)/感じることのできる、異界からのメッセージ(c)」となる
 
〈⑲段落GV解答例〉
どんな物質も介在させず、生きることの根底にある息が笛と直接つながり生まれる音に感じることのできる、異界からのメッセージ。(60)
 
〈参考 S台解答例〉
物理的には人間に直接知覚できないのに、媒介物なしに鳴る自然の音から直感される、畏敬の対象となる異界や神霊といったもの。(59)
 
〈参考 K塾解答例〉
その存在を生み出す物質性はないが、人間の生の根底にある息を介して、人知を超えた世界から送られてくる魅力的で神秘的な啓示。(60)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
目に見える物質が介在しないにもかかわらず人にその存在を悟らせるため、異界からのメッセージとして捉えられた神秘的な存在。(59)
 
〈参考 T進解答例〉
生命の根源である息が物質の介在なしに直接音になることで、音の元として存在すると感じられる、この世ならざる非物質的なもの。(60)
 

問五「音楽の起源」(傍線部D)とあるが、作者はそれをどのようなことと捉えているか。文章全体の趣旨を踏まえて100字以内で説明せよ。

内容説明問題。㉑段落から㉓段落までが第四意味段落となり、問五の解答のベースとなる。傍線部のある最終㉓段落は、前㉒段落を「そう考えると…「笛と太鼓」は、太古の人類の記憶をそこに留める響きかもしれない」と承けている。それに続くのが傍線部一文「その音が鎮守の森の祭礼に欠かせないことは「音楽の起源」をうかがわせて興味深い」である。こう辿ると、㉒段落で触れられた「笛と太鼓」が、「太古の人類の記憶」を今に伝える「音楽の起源」だ、という解答のベースが見えてくる。あとは「笛と太鼓」を㉒段落から具体化し、特に本文の主題である「笛」については、第二意味段落と第三意味段落の説明も加えて、「本文全体の趣旨を踏まえて」という要求を満たせばよい。
まず㉒段落は「笛」の特徴についての説明はないので、「太鼓」についての説明を参照する。すなわち「太鼓」は人類最古の楽器として想定される「笛」よりも「さらに古い」とも仮定されるもので、その根拠として筆者は「叩いて音の出るものはどんなものでも楽器となる」という他の楽器にない単純さを挙げる。そして「笛と打楽器の組み合わせは、ひとが初めて行ったアンサンブルだったのではないか」と見なすのである。以上より、先の解答のベースを「〜笛と/最も単純な形式で音を出す太鼓の合奏は/太古の人類の記憶を今に伝える/音楽の起源となるものだ(と捉えている)」と肉付けする。
 
次に「笛」の説明として、第二意味段落(→問三)より「人の心に作用する/霊力を有し/異界を現世につなぐと信じられる」という要素と、第三意味段落(→問四)より「生命の根源にある/息が直接音になる」という要素を修飾部に加え、最終解答とする。
 
〈GV解答例〉
生命の根源にある息が直接音になり、人の心に作用する霊力を宿し、異界を現世につなぐと信じられた笛と、最も単純な形式で音を出す太鼓の合奏は、太古の人類の記憶を今に伝える音楽の起源になるものだと捉えている。(100)
 
〈参考 S台解答例〉
異界の存在を直感させる自然の鳴らす音と同様に、生命の根源である神秘的な息も直接音になると気づいた者が笛を吹いたことで、異界や神霊と交信する試みである祭祀に用いられ、打楽器と組み合わされていったこと。(99)
 
〈参考 K塾解答例〉
人間の生命の根底にある息と直に繋がる神秘的な力を持ち、人間に、人知を超えた異界からのメッセージを直感的に悟らせる笛を中核としたものであり、太古では神々をもてなす神事に不可欠のものであったと捉えている。(100)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
人間の息をそのまま使う笛と、物体を叩くだけで楽器になる太鼓は音楽の最も原初的な形態といえるが、息は生命の神秘を表し、また笛は異界と現世をつなぐ役割を持つため、人間と異界とを結びつける神事と直結した。(99)
 
〈参考 T進解答例〉
打楽器と共に最古の楽器である笛は、生命の根源にある息が物質を介在せず直接音になるがゆえに、この世の物質ならざる存在を直感的に悟らせる力があると考えられ、神々と関わる祭祀に用いられてきたということ。(98)