問一 以下の文章に謳われている理念は、ヨーロッパの哲学者たちが唱えた社会契約説の影響を色濃く受けていると考えられている。その根拠を次の二点に留意して説明せよ。(400字以内)

1. この文章のどの箇所が社会契約説を反映しているかを明らかにすること。
2. 社会契約説を唱えた哲学者の名前を少なくとも一名挙げながらその思想内容に触れること。
 
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由をもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」(『日本国憲法』前文)

 

〈GV解答例〉
日本国憲法前文は、イギリス名誉革命を擁護しその後の議会政治を理論的に支えたロックの影響を強く受けていると言える。まず「国政は、国民の厳粛な信託による」という記述。ロックは、先行する社会契約の主唱者ホッブズが自然状態を「万人の万人に対する闘争」と捉え、それゆえ人民は主権を政府に「譲渡」する必要があると説いたのに対し、自然状態においても権利・自由の相互承認は成り立つが、それをより確実にするために人民は政府に自然権を「信託」し、政府がその信託に沿わない場合は抵抗権を行使して政府の交代を求めることができるとした。次に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」という記述。ロックは、後発のルソーが「主権は分割できない」として直接民主制を志向したのに対し、英国議会の発達を背景に代議制を擁護した。本憲法も直接民主制を許容するが、あくまで前文で規定した代議制を補完するものとしてである。(400)

 

〈ChatGPTくんの答え〉
この文章は社会契約説の影響を受けています。まず、「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」という部分は、国民が代表者を選び、国政を運営するという社会契約説の基本的な考え方を反映しています。また、「主権が国民に存することを宣言し」という部分も、国民が国家の最高権力を持つという社会契約説の核心を示しています。さらに、「国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し」という部分も、国家の権力が国民から委託されるものであるという考え方を明確に示しています。社会契約説の代表的な哲学者としてジャン=ジャック・ルソーを挙げます。ルソーは『社会契約論』で、全ての人々が自由で平等であるという自然状態から、社会契約を結び、一般意志に基づく政治体制を構築することを説きました。この文章の国民主権や代表者を通じた国政運営の概念はルソーの影響を受けています。

 

問二 以下の文章を読んで、江戸時代における安藤昌益の思想の独自性について論ぜよ。

「男女も上下もなく、一人なり。上なければ、下を責め取る奢欲もなく、下なければ、上に諂い巧むこともなし。故に、恨み争うこともなし‥‥、上なければ法を立て下に刑罰することもなく、下なければ上の法を犯して上の刑を受くるという患いもなく、上に立ちて教え導く聖人なければ、教えを聞きて不耕貪食を犯す徒者もこれなく、‥‥。」(安藤昌益『自然真営道』)

 

〈GV解答例〉
第一に、同じ江戸期の市井の思想家である石田梅岩や二宮尊徳が封建制の枠内で所属階級の地位向上を図るに留まったのに対し、昌益は支配階級の武士を「不耕貪食を犯す徒者」と罵り万人直耕の平等社会を構想した点にある。第二に「教え導く聖人なければ」とあるように、封建支配を支える朱子学含む儒学のイデオロギー性を看破し、恣意的「法世」を排して本来的「自然世」に回帰することを説いた点にある。この点、東洋思想の伝統に思想的リソースが限られる中、同時代の西洋思想家ルソーの自然状態に類似する構想力を持ちえたことは特筆に値する。ただし「自然に帰る」ために社会契約を志向したルソーに対し、昌益は「自然に帰る」こと自体を着地とした点で社会構想としては現実性に欠ける。最後に「男女も上下もなく、一人なり」とあることから、個人主義に立脚している上、ジェンダー平等も視野に入っている点で現代的な課題にまで射程に収めた思想だと言える。(400)

 

〈ChatGPTくんの答え〉
安藤昌益の思想の独自性は、封建社会の階級制度を完全に否定し、自然の法則に基づく平等な社会を提唱した点にある。『自然真営道』において、彼は男女や上下の区別を否定し、「一人なり」という観点から人間の平等を説いている。昌益は、上の者が存在しなければ奢欲や諂いのような不正もなくなり、下の者がいなければ刑罰や法の侵害といった問題も消えると述べている。つまり、彼は階級や権力の存在が社会的不平等や争いの根源であると考え、これを取り除くことで平和で調和のとれた社会を実現できると信じていた。さらに、昌益は「教え導く聖人」がいなければ、人々が他者の教えに依存して不労不食に陥ることもないと主張している。これは、個人の自主性と自己責任を重んじる思想であり、当時の封建社会や儒教の教えとは一線を画すものである。彼の思想は、自然と人間の調和を重視し、人工的な権力構造を否定する点で、時代を超えて普遍的な価値を持つものである。