〈本文理解〉

関連 2018都立大国語/第一問/鷲田清一『哲学の使い方』↓↓

問 右の文章を要約しなさい(200字以内)。(出典は鷲田清一『老いの空白』)

要約問題は、形式に則った客観的な読み取りと、そこから得られる内容理解と本文構造に即した表現力を問うものである。その点で、現代文における学力がストレートに試されているといえる。したがって、一橋大学の受験生でなくとも、100字~200字程度の要約をして的確な添削指導を受けることは、学力養成の良い機会となるだろう。

要約作成の基本的手順は、以下の通り。

1️⃣ 本文の表現に着目して重要箇所を抽出する(ミクロ読み)。
2️⃣ 本文をいくつかの意味ブロックに分けて、その論理構成を考察する(マクロ読み)。

3️⃣ 本文の論理構成に基づき、要約文の論理構成の骨格を決める(例えば、本文が2つのパートに分かれていれば、要約文も原則2文で構成するとよい)。

4️⃣ 骨格からもれた付加要素を、構文を崩さない程度に盛り込んで仕上げとする。

1️⃣ ①段落。〈老い〉がまるで無用な「お荷物」であって、その最終場面ではまず「介護」の対象として意識されるという、そんな惨めな存在であるかのようにイメージされるようになったのは、それなりの歴史的経緯がある(a)。生産と成長を基軸とする産業社会にあっては、停滞や衰退はなんとしても回避されねばならないものである(b)。そしてその反対軸にあるものとして、〈老い〉がイメージとして位置づけられる(c)。…

②段落。(その二つはいうまでもなく正負の価値的な関係のなかで捉えられている)。そして重要なことは、〈老い〉が負の側を象徴するのは、時間のなかで蓄えられてきた〈経験〉というものにわずかな意味しか認められないということである(d)。(産業社会では基本的に、ひとが長年かけて培ってきたメチエともいうべき経験知よりも、だれもが訓練でその方法さえ学習すれば使用できるテクノロジー(技術知)が重視される。そしてこの「長年かけて培ってきた」という、その時間経過よりも結果に重きが置かれるというところから、〈経験〉の意味がしだいに削がれてきたのである)。

③段落。〈経験〉がその価値を失うということ、それは〈成熟〉が意味を失うということだ(e)。さらに〈成熟〉が意味を失うということは、「大人」になるということの意味が見えなくなることだ(f)。

④段落。〈成熟〉とはあきらかに〈未熟〉の対になる観念である(g)。…

⑤段落。(これは別に、人間にかぎって言われることではない)。〈成熟〉とはまずは生きものが自活できるということであろう(h)。もっともひとは、他の生きもの以上に、生活を他のひとと協同していとなむという意味では社会的なものであって、だから〈成熟〉とは、より正確には、社会のなかでじぶんの生活をじぶんで、じぶんたちの生活をじぶんたちで、マネージできるということである(i)。(そのかぎりでひとにおいて成熟とはその生活の相互依存ということを排除するものではない)。…

⑥段落。(そうするとひとが生きものとして自活できるといっても、単純に独力で生きるということではないことになる)。むしろそういう相互の依存生活を安定したかたちで維持することをも含めて、つまりじぶんのことだけではなく共同の生活の維持をも含めて、つまり他のひとの生活を慮りながらじぶん(たち)の生活をマネージできるということが、成熟するということなのである(j)。

⑦段落。となると成熟/未熟も、たんに生物としての年齢では分けられなくなる(k)。〈成熟〉には社会的な能力の育成ということ、つまりは訓練と心構えが必要になるからである(l)。

2️⃣ ④段落以降が〈成熟〉という言葉の吟味で一貫していることに着目できれば、本文は③段落までのA「〈成熟〉が意味を失った経緯」、④段落以降のB「〈成熟〉の意味の問い直し」という2ブロックに大別できることが了解される。

3️⃣ 2️⃣に基づき要約文の構成は、

A「産業社会(b)→老いは惨めな存在(ac)→経験の意味が希薄になる(d)→成熟が意味を失う(e)」
B1「成熟とは未熟の対(g)=自活できること(h)=大人になること(f)」(一般定義)
B2「社会の中で他者と協同して生きる人間(i)→他者を慮り生活をマネージするのが成熟(j)」(独自論点)

B3「成熟は単なる年齢区分ではない(k)(+訓練と心構えが必要となる(l))」(結論)

形式的には、Aとそれを承けたB1(成熟の一般定義)を修正するB3が本文の結論であろう。しかし、成熟という言葉の捉え直しという意味では、B2こそが本文において本質的な重要性をもつ。Aを承けた後の要約の論理構成としては、B1を「生きもの全般」における成熟の原則的意味とした上で、「ただし〜人間の場合…」としてB2を厚めに述べる。そこから必然的に導かれるようにB3を最後に加える形とする。

4️⃣ 以上の3️⃣で、最初に抽出した小要素a〜lまで踏まえることができた。あとは「A→B1→B2→B3」の骨格部分に修飾的な要素を加え、表現面で重なる要素を省いて仕上げればよい。

〈GV解答例〉

生産と成長を基軸とする産業社会では、停滞や衰退を象徴する老いは惨めな存在とされ、時間の中で蓄えらた経験が価値を失うが、それは成熟が意味を失うことでもある。成熟とは、まずは生きものが自活できることを指す。ただし、他の生きもの以上に、生活を他者と協同して営む社会的な存在である人間の場合、成熟とは、他者を慮りながら共同生活をマネージできるということであり、単なる年齢区分ではなく訓練と心構えが必要となる。(200)

〈参考 S台解答例〉

生産と成長を基軸とする産業社会で、老いは停滞や衰退の象徴として否定的に価値づけられてきたが、それは経験を積んで成熟することの価値が失われ、その結果、「大人」になることの意味が見えなくなってきたことを示してもいる。しかし、本来「大人」になるとは他者と相互依存する共同の生活を維持しつつ自活しうることであり、その意味で成熟とは単に年齢の問題ではなく、社会的能力を育成する訓練と心構えによるものなのである。(200)

〈参考 K塾解答例〉

生産と成長を基軸とする産業社会では、若さと対照的に老いは停滞や衰退の象徴として負の価値を付与される。そこでは、長い時をかけて蓄積した経験知よりも、学習すればすぐに使える技術知が重視され、成熟の意味が失われる。本来、人間の成熟とは、単に独力で生きることではなく、他と相互に依存する生活を安定したかたちで維持する、訓練と心構えを前提とした社会的能力であり、成熟と未熟とは単なる年齢の区分ではないのである。(200)

〈参考 Yゼミ解答例〉

生産と成長を基軸とする産業社会では、生産や成長、効率を意味する〈若さ〉の対極に〈老い〉を位置づけ、非生産性や衰退を象徴するものとして負のイメージを負わせてきた。そこでは時間とともに蓄積される経験知が軽視され、能率の向上につながる学習可能な技術知が重視された。経験の価値を失うことは成熟の意味を失うことであり、他者との相互依存によって生を営む人間の社会的な能力の育成を軽視することを意味している。(197)