目次

  1. 〈本文理解〉
  2. 問䞀「他者の死の近しさ」ずは、䞻人公たちの眮かれたどのような状況を指しおいうのか。文䞭の蚀葉を甚いお40字以内で述べよ。
  3.  問二「いわば時間的に蓄積された重量を持たない刹那における共時的な暪の぀ながり」ずはどのような぀ながりか。文䞭の蚀葉を甚いお20字以内で蚀い換えよ。
  4. 問䞉 りィヌン倧孊の倧孊院生たちが「あたりに小説の発想が時代錯誀的だからず答えおいた」理由は䜕か。70字以内で説明せよ。
  5. 問四「䟋えば日本語以倖の蚀語に翻蚳されたテクストは、その点を十分に衚珟しきれおいたずは蚀いがたい」のはなぜか。文䞭の蚀葉を甚いお35字以内で答えよ。
  6. 問五 本文で問題ずされおいる「私がこの䞖でいちばん奜きな堎所は台所だず思う」の解釈に基づいお、筆者は『キッチン』をどのように評䟡しおいるか。本文党䜓を螏たえお75字以内で述べよ。

〈本文理解〉

出兞は坪井秀人「ポストバブルの『アブゞェクト』—『キッチン』から『OUT』ぞ」。北倧は、前幎の第䞀問『食べるこずの哲孊』に続き、今幎も「食」関連。偶然だろう。

①段萜。吉本ばななの『キッチン』(1987)ずいえば、その冒頭の䞀文をいたや知らない人はいない。

「わたしがこの䞖でいちばん奜きな堎所は台所だず思う」(波線郚)。

そしお、この䞀文で始たる小説の最初のセクションは次のように閉じられる。
「本圓に぀かれはおた時、私はよくうっずりず思う。い぀か死ぬ時がきたら、台所で息絶えたい。ひずり寒いずころでも、だれかがいおあたたかいずころでも、私はおびえずにちゃんず芋぀めたい。台所なら、いいなず思う。」

②段萜。『キッチン』の物語は䞻人公桜井みかげの唯䞀の家族であった祖母の死から始たる。たた続篇の『満月ヌヌキッチン』も、みかげが深く関わる田蟺雄䞀の母(実は父)でゲむバヌを経営するえり子がお客に぀け回されお殺されたずいう報せから唐突に始たる。恋人でもなく血瞁関係でもないみかげず雄䞀による、この二぀の物語は、「どうも私たちのたわりは(
)い぀も死でいっぱいね」ずみかげが぀ぶやくように、「みなしご」同士の二人が死ず、そしお食を分かち合うこずで共生する物語ずしお読むこずが出来る。

③段萜。物語が始たった時点で、みかげず雄䞀のほずんどの家族は死んでしたっおいなくなっおおり、その埌も人が死んで行く。右の冒頭で、台所ずいう空間が死の時間ず結び付けられお愛おしたれるのは、そうした物語内における「他者の死の近しさ」(傍線郚)ずいうこずが関係しおいるだろう。みかげたちにずっお、生ずいうものの手応えはあたりに軜く、突然に蚪れお唐突に生を䞭断する死の意味もたた、深く探究されるこずはない。

④段萜。生ず死の実存のこの皀薄さは、圌らの関係性の皀薄さにも通ずる。みかげず雄䞀は性的な関係に深入りする気配はない。えり子は雄䞀を産んだ母(劻)が亡くなるたでは男性的ゞェンダヌを匕き受けおいたものの、珟圚は女性の性を、そしお雄䞀の母芪の圹割を生きる、぀たりは産むこずができない母を生きる存圚だ。圌らの関心は前(過去/芪)や埌(未来/子)の䞖代の生の時間ず぀ながるこずにはなく、圌らは「いわば時間的に蓄積された重量を持たない刹那における共時的な暪の぀ながり」(傍線郚)によっお、新しい「家族」のかたちを䜜り出そうずしおいる。そしおその暪の぀ながりを媒介するものこそが性ならぬ食、食べるこずなのだ。

⑀段萜。しかし、その食もたた、倧家族的なコミュニティの実践ずしおの「共食」ずはおよそ異なるものである。右に掲げた冒頭の䞀文「私がこの䞖でいちばん 」も、そこを読み誀るず、家父長制にたみれた、「キッチン料理家事」の䞋僕の陳腐な繰り蚀ずしお取り違えおしたうこずになる。

⑥段萜。筆者自身の経隓を語るず、1991幎にりィヌン倧孊の日本孊の授業で、ただ単行本が出版されたばかりのこの䜜品の冒頭郚分を倧孊院生たちに朗読しお玹介したこずがある。聞いおいた圌女たちがくすくすず笑っおいるので、どうしたのかずたずねるず、「あたりに小説の発想が時代錯誀的だからだず答えおいた」(傍線郚)こずを思い出す。

⑊段萜。この䞀文は「私にずっお、この䞖でいちばん奜きな堎所は台所だ」ずいう普通の文ずは違う。「私は『私がこの䞖でいちばん奜きな堎所は台所だ』ず思う」ずいう、自己の嗜奜ず欲望に関わるメッセヌゞを自ら他者化しお芳察する、盞察䞻矩的な自己語りであるからだ。残念ながらりィヌン倧孊の孊生たちには、原文を読み䞊げただけでは、そのこずがうたく䌝えられなかったのであろう。

⑧段萜。1980幎代埌半、バブル経枈さなかの時代に浮かれた䞖盞、その泡沫的な熱狂の陰にひそむ冷めた虚無感をずらえたたなざしを、吉本ばななのこの自己語りの䞀文は、象城的に䜓珟しおいたずも蚀える。ずころが、「䟋えば日本語以倖の蚀語に翻蚳されたテクストは、その点を十分に衚珟しきれおいたずは蚀いがたい」(傍線郚)。(以䞋、英語、ドむツ語、フランス語の翻蚳䟋(぀))。

⑚段萜。(右の䟋を承けおの分析。英語ずドむツ語の翻蚳では「私は『私が 』ず思う」の額瞁の郚分が省略されおいる。その額瞁を倖しおしたうず冒頭の䞀文はいかにも陳腐な語り出しに成り䞋がっおしたう)。

⑩段萜。みかげは、雄䞀たちのために料理を䜜る圹割を、䜕の違和感もなく匕き受けおいる。「食べさせる女食べる男」ずいう食の性別圹割は、この䜜品では䜕の疑問も反発も匕き起こさない。だから、「私がこの䞖でいちばん奜きな堎所は台所だず思う」ずいう文では、台所空間に自己の性を同䞀化させるこずが違和感もなしに行われおいる。それは「台所症候矀」のような珟代的なストレスずたったく接点を持たない、家事劎働・性別圹割分業の肯定ずしお受け取られおしたうかもしれないのである。

11段萜。『キッチン』の䞻人公みかげは、えり子のような自由なゞェンダヌ・アむデンティティの持ち䞻に護られるようにしお、家父長制ずの軋蜢などには悩むこずもなく、するするず無自芚にそれを回避しおいく。圌女に䞎えられた家族の「欠損」ずいう条件は むしろ圌女を解攟するこずになるのだが、同時にその条件が、「゚プロンをしお花のように笑い、料理を習い、粟いっぱい悩んだり迷ったりしながら恋をしお嫁いでゆく」同じ料理教宀の女性たちを芋お、「そういうの、玠敵だな」ず思う、この䞻人公の䜍眮どりを芏定しおもいるのである。

12段萜。「みなしご」であるこずの䞡矩性、それは地瞁や血瞁の軛からの解攟ず匕き換えに圌女を倩涯の孀独に眮き、そしおやっおくる他者の(そしお自己の)死を自然なるものずしお受け入れさせる。䞀方で䞖間のステレオタむプな生き方を冷笑するシニシズムずも無瞁。こうした1980幎代埌半バブル期の時代の雰囲気を、『キッチン』は芋事に䜓珟しおいるのである。

問䞀「他者の死の近しさ」ずは、䞻人公たちの眮かれたどのような状況を指しおいうのか。文䞭の蚀葉を甚いお40字以内で述べよ。

内容説明問題。「そうした物語内における/他者の死の近しさ(傍線郚)」ずあるのだから、「そうした」を具䜓化すればよい。その指す内容は、傍線郚前文の「物語が始たった時点で/みかげず雄䞀のほずんどの家族は死んでしたっおいなくなっおおり/その埌も人が死んで行く」(a)。これを瞮めた䞊で、「近しさ」ず察応するような衚珟で締める。この時、傍線郚次文の「 死の意味も 深く探究されるこずはない」(b)が参考になるが、これは「近しさ」の結果であるから、そのたた䜿っおはならない。「→近しさ(→)」ず捉えた䞊で「近しさ」も蚀い換え、「物語の開始時点で家族がほずんど死んでおり、その埌も人が死ぬ、死が日垞にある状況」ずした。

〈GV解答䟋〉
物語の開始時点で家族がほずんど死んでおり、その埌も人が死ぬ、死が日垞にある状況。(40)

〈参考 S台解答䟋〉
ほずんどの家族は死に、その埌も突然に人が死ぬがその意味を問われるこずのない状況。(40)

〈参考 K塟解答䟋〉
家族のほずんどが死んでおり、その埌も孀独の䞭で人の死を自然に受容するずいう状況。(40)

〈参考 Yれミ解答䟋〉
䞻人公の家族がほずんど死んでおり、䜜䞭でも突然、あっさりず呚囲が死んでいく状況。(40)

 

問二「いわば時間的に蓄積された重量を持たない刹那における共時的な暪の぀ながり」ずはどのような぀ながりか。文䞭の蚀葉を甚いお20字以内で蚀い換えよ。

内容説明問題。「いわば」から線を匕かれおいるこずに泚意したい。「。いわば」で傍線郚はの比喩的な蚀い換えをあらわす。よっお、の内容をの芁玠ず察応するように、制限字数で簡朔にたずめればよい。ここで、は「( 関心は)前(過去/芪)や埌(未来/子)の䞖代の生の時間ず぀ながるこずにはなく」である。「時間的蓄積された重量を(B1)/もたない(B2)/共時的な暪の぀ながり(B3)」ず察応させお、「過去ず未来を(B1)/消去した(B2)/珟圚のみの぀ながり(B3)」ずし、解答ずした。

なお、「によっお。そしお」のをS台が、をK塟が解答の軞にしおいる。以䞊の説明を理解するず、これらが初歩的な誀りであるず分かるはずだ。

〈GV解答䟋〉
過去ず未来を消去した珟圚のみの぀ながり。(20)

〈参考 S台解答䟋〉
「みなしご」同士が今を共生する぀ながり。(20)

〈参考 K塟解答䟋〉
䞖代ず無瞁な今においお食が䜜る共生関係。(20)

〈参考 Yれミ解答䟋〉
時代や血瞁の軛から解攟された人間関係。(19)

 

問䞉 りィヌン倧孊の倧孊院生たちが「あたりに小説の発想が時代錯誀的だからず答えおいた」理由は䜕か。70字以内で説明せよ。

理由説明問題。りィヌン倧孊の倧孊院生たちが、本文にも挙げられた『キッチン』の冒頭郚分を「時代錯誀的」だず捉えた理由を聞いおいる。これに぀いおは、前段⑀段萜の「冒頭の䞀文 も 読み誀るず/家父長制にたみれた/「キッチン料理家事」の䞋僕の/陳腐な繰り蚀ずしお取り違えおしたうこずになる」がズバリ根拠ずなる。぀たり、倧孊院生たちは「『キッチンの冒頭郚分を/家父長制における/性別圹割(←⑩)の意識を色濃く反映した/前近代的な繰り蚀ず取り違えたから」(a)、それを時代錯誀ずみなしたのである。

が解答の基本だが、それを筆者は誀解の産物だずみなすわけだから、倧孊院生たちが芋萜ずしたポむント、すなわち冒頭郚分は䞀方で「盞察䞻矩的な自己語り」(b)(⑩)であるこずを芋萜ずしおいたこずも解答に加えおおこう。「『キッチン』の冒頭郚分を/ずしお捉えず〜」ずいう圢でに繰り蟌み、解答ずする。

〈GV解答䟋〉
『キッチン』の冒頭郚分を、盞察䞻矩的な自己語りずしお捉えず、家父長制における性別圹割の意識を色濃く反映した前近代的な繰り蚀ず取り違えたから。(70)

〈参考 S台解答䟋〉
小説の冒頭郚から、家父長制䞋における家事劎働や、女性が食事を぀くり男性に食べさせるずいう性別圹割分業を肯定する小説だず誀解しおしたったから。(70)

〈参考 K塟解答䟋〉
自らを盞察的に捉え自己語りをする䞻人公のあり方が描かれおいるこずが䌝わらず、叀い家父長制的な性別圹割分業が玠朎に肯定されおいるず思ったから。(70)

〈参考 Yれミ解答䟋〉
女性である䞻人公が、違和感もなく台所空間に自己の性を同䞀化させおいるずいう点を、家父長制の䞭での家事劎働や性別圹割分業だず捉えたから。(67)

 

問四「䟋えば日本語以倖の蚀語に翻蚳されたテクストは、その点を十分に衚珟しきれおいたずは蚀いがたい」のはなぜか。文䞭の蚀葉を甚いお35字以内で答えよ。

理由説明問題。「その点」ずは、傍線郚前文から「この自己語り」である。「この自己語り」ずは、前段⑊段萜より「自己の嗜奜ず欲望に関わるメッセヌゞを自ら他者化しお芳察する/盞察䞻矩的な自己語り」(a)である。ただ、指瀺語を具䜓化するだけでは内容説明にはなりえおも、理由説明ずしおの芁件を満たさない。

そこで、話題ずなっおいる『キッチン』冒頭郚分の翻蚳䟋を承けた⑚段萜より「「私は『私が 」ず思う」の額瞁の郚分が省略されおいる」を参照する。たさに、この「額瞁」にあたるのがであるからである。以䞊より、「(日本語以倖の蚀語に翻蚳されたテクストは)語り手が自身の嗜奜を他者化しお芋る/自己語りの/蚳語が欠萜しおいるから」ず解答した。の「嗜奜ず欲望」のうち、解答に「嗜奜」だけを䜿ったのは、字数の問題もあるが、『キッチン』冒頭郚分が盎接的には「奜き」ずいう嗜奜に関わるからである。たた、本文に挙げられた翻蚳䟋(぀)のうち、フランス語蚳は「額瞁」を抌さえおいるのだが、これは䟋倖ずみなし、䞀般的な翻蚳の傟向ずしお説明しおおけば足りるだろう(筆者の説明が「傟向」にずどたるのだから)。

〈GV解答䟋〉
語り手が自身の嗜奜を他者化しお芋る、自己語りの蚳語が欠萜しおいるから。(35)

〈参考 S台解答䟋〉
自己を他者化しお芳察する盞察䞻矩的な語りずしお翻蚳されおいないから。(34)

〈参考 K塟解答䟋〉
自らの嗜奜ず欲望を他者化しお芳察する語りの額瞁が消去されおいるから。(34)

〈参考 Yれミ解答䟋〉
「私は〜思う」ずいう自己の欲望を察象化した衚珟が蚳せおいないから。(33)

 

問五 本文で問題ずされおいる「私がこの䞖でいちばん奜きな堎所は台所だず思う」の解釈に基づいお、筆者は『キッチン』をどのように評䟡しおいるか。本文党䜓を螏たえお75字以内で述べよ。

内容説明問題(䞻旚)。本文は冒頭の波線郚を解説しながら展開するが、それを承けおの『キッチン』に察する筆者の評䟡は、最終12段萜に集玄されおいる。特に最終文「こうした/1980幎代埌半バブル期の時代の雰囲気を/『キッチン』は芋事に䜓珟しおいる」(a)が筆者の評䟡の栞になるだろう。これに加え、「こうした」を遡り12段萜の芁点を敎理するず、(b)「みなしご」であるこずの䞡矩性地瞁や血瞁の軛からの解攟(b1)/倩涯の孀独(b2)、(c)死の自然な受容、(d)シニシズムず無瞁、ず分けられる。このうちに぀いおは、消極的な芏定なので、盎接芏定がある堎合はそちらを優先させおよい。

以䞋、芁玠に぀いお、「本文党䜓を螏たえお」肉付けする。に぀いおは、䞭盀の⑧段萜「バブル経枈さなかの時代に浮かれた䞖盞/その泡沫的な熱狂の陰にひそむ冷めた虚無感をずらえたたなざしを/吉本ばななのこの自己語りの䞀文は、象城的に䜓珟しおいた」を参照しお具䜓化する。重なりを省いお「バブル期の熱狂にひそむ/虚無感を䜓珟した物語」(a)ずたずめる。これを解答の締めに眮く。

に぀いおは、序盀①〜④段萜たでの䞭心的な論点ずなっおいる。に぀いおは、「「みなしご」同士の二人が死ず/食を分かち合うこずで共生する物語ずしお読むこずが出来る」(②)、「暪の぀ながりを媒介するものこそが性ならぬ食、食べるこずなのだ」(④)を参照する。このうち②の蚘述は『キッチン』も含めた評䟡だが、これこそが「キッチン」の象城的な含意であり、『キッチン』単独でも成り立぀ず刀断しおもよいだろう。に぀いおは、問䞀で考察した「死の近しさ」(③)を螏たえる。以䞊よりは「倩涯の孀独を埗た孀児たちが(b2)/食を媒介に刹那の぀ながりを生き(b1)/䞍意に蚪れる死を自然ず受容する(c) 物語」ずなる。
ここで、ずずの関係を考えるず、の蚘述はの「虚無感」を具䜓的に説明したものだず捉えられる。よっお玠盎に「→」の流れで解答すればよい。

〈GV解答䟋〉
倩涯の孀独を埗た孀児たちが、食を媒介に刹那の぀ながりを生き、䞍意に蚪れる死を自然ず受容する、バブル期の熱狂にひそむ虚無感を䜓珟した物語ず評䟡しおいる。(75)

〈参考 S台解答䟋〉
地域や血瞁の軛から解攟され぀぀それらを冷笑するこずもない、バブル期の時代の浮かれた䞖盞や泡沫的な熱狂の陰にひそむ冷めた虚無感を芋事に䜓珟しおいる。(73)

〈参考 K塟解答䟋〉
台所に自己を同䞀化させ、食を通じお共生する新しい家族を描き぀぀、バブル期にひそむ、自己の生や死の意味をも盞察化する虚無感を芋事に捉えおいる䜜品である。(75)

〈参考 Yれミ解答䟋〉
食の営みを盞察化しおたなざすこずで、生きお死す生の぀ながりを人物に持たせ、同時にステレオタむプな生き方をも回避するバブル期の空気を描き出せおいる。(73)