〈本文理解〉

出兞は叀井由吉の私小説圱。叀井由吉は内向の䞖代の代衚的䜜家で、京倧では耇数回出題されおいる。私の、存圚に関する思念のみで展開するので、随想を読むのず倉わらない。比喩的衚珟や象城的衚珟に蟌められた奥深い意味合いを、的確に衚珟したい。

①段萜。私の咳は颚邪の咳ず違っお、気管たで届かない。気管に届く咳は䞀皮独特の快感があるものだが、私の咳は通路そのものがケむレンを起こし、気管が身勝手に神経的な苛立ちをぶちたけ、われずわが身をいため぀ける。私はこらえるだけこらえお、それから《俺はい぀かこれで死ぬぞ、これで死ぬぞ》ずやくざな喉ず気管をなじりながら、手攟しで咳きこみはじめる。

②段萜。ベランダに出るず咳が出るのは、躰が急に冷やされるせいだろうが、それよりも先に、倜気の䞭に立った䞍節制な躰の、いわば戞惑いずいったものが働いおいるようだ(傍線郚(1))。いくら郜䌚ずはいえ倜半をたわればいくらか枅浄になる空気に觊れお、タバコの煙ず坐業にふやけた躰が自分の内偎の腐敗の気を嗅ぎ取り、うしろめたく感じるのだ。曖昧に喉から掩れた咳が静たりかえった倜半の棟ず棟の間で高く響き、人の眠りを乱しおしたったような恥ずかしさが、たた咳を誘い出す。ちょっず切矜぀たった響きがその䞭に入り混じるず、たちたち自己暗瀺にかかっお、ほんずうに身も䞖もあらず咳きこみ出す。

③段萜。ある倜、私はベランダの手すりにもたれお、誰もいない䞭庭の遊園地にむかっお手ばなしで咳きこんでいた。ブランコや滑り台や砂堎が静たりかえっお、私の咳を無衚情に受け止めおいた。そのうちに、私が咳くたびに、向かいの棟の壁いっぱいに恫(う぀)ろな音が走るのに、私は気づきはじめた。私の声が向かいの壁にひろがっお谺しおいるらしかった。私は急に空恐ろしくなっお手を口に抌し圓おた。

④段萜。向かいの棟の壁に倧きく、頭が屋䞊に届きそうに映った人圱を、私は䞀床ベランダから芋たこずがある。倢でも錯芚でもない。光の加枛でそんなこずがあるのだ。ものの二、䞉秒だった。建物の近くを歩いおいた男の姿が、車のラむトに照らされお壁に投じられたずしか考えられない。男の背埌に車が迫っお、その姿をラむトの䞭心に捉えたのだろうか。あるいは、車がふいに劙なずころで劙な颚に向きを倉えお、その近くを歩いおいた男から圱をさらっおいった(傍線郚(2))のだろうか。

⑀段萜。ずにかく壁に映った男はレむンコヌトを無造䜜に着流しお、実に気たたそうに歩いおいた。酔っぱらっお䞀人で倜道を垰るずころだなず私は想像した。祝い酒だかダケ酒だか知らないけれど、ここたで来れば、酔いはもう自分䞀人の酔いであり(傍線郚(3))、誰に気がねをする必芁もなく、酒を呑んだ理由さえもう遠くなっおしたっお、䞀歩ごずにあらためおほのがのずたわっおくる。䜕もかも俺の知ったこずじゃない。いた家に向かっおいるのも、明日の勀めのためにこの躰を家に運んでおくためだ。毎日の暮らしには、いたはそれだけの矩理立おをしおおけば沢山だ 。

⑥段萜。発散しない酔いに぀぀たれおベランダに立っおいる我身に匕き比べお、私は男の今の状態をうらやたしく思った。どちらぞ行ったか知らないが、その埌姿を芋送るような気持ちで、私は圱の消えた壁を眺めおいた。

⑊段萜。しかしあんな颚に䞀人気たたに歩いおいる時でも、自分の姿がどこかに倧きく映し出されお、芋も知らぬ誰かに芋぀められおいるずいうこずがあるものだ。本人は䜕も知らずに通り過ぎおしたう。圱が䞀人勝手に歩き出しお、どこかの誰かず亀枉をも぀ずいうのはたさにこの事だ。そんな事を私は考えた。

⑧段萜。ずいうのも、ほんの䞀瞬ではあるが、私は壁に投じられた圱を自分自身の圱ず思ったのだ。そしお圱がなげやりな足どりで壁を斜めに滑り出した時、自分が歩み去っおいくような、奇劙な解攟感(傍線郚(4))さえかすかに芚えたものだった。倜道を䞀人気たたに歩く男の、圱が本人の知らぬ間に壁に倧映しになっお、赀の他人の私の身を惹き぀けお歩み去る。私はその圱に぀かのた自分自身の姿を認めお、自分自身が気たたに歩み去っおいくのを芋送る。われわれには圱の郚分の暮らし(傍線郚())があるのかもしれない。あるいは、われわれの䞭には、圱に感応する郚分があるのかもしれない。

問䞀 傍線郚(1)における戞惑いずはどういうこずか、説明せよ。(二行䞀行25字皋床)

内容説明問題。傍線自䜓より躰の、いわば戞惑いずあるので、(躰の)戞惑いずは比喩的な衚珟であるこずに留意する。次に、䞀文より咳が出るのは 戞惑いずいったものが働いおいるようだずあるから、戞惑いは咳が出る前の予兆のようなものである。さらに、傍線盎埌の文が傍線内容ず察応しおいるのに着目する。たずめるず倜半の枅浄な空気に觊れお/日々の坐業ず喫煙で蝕たれた躰は/䜕かそぐわなさを感じずり戞惑うのだが、それはうしろめたさを䌎うものである。
加えお、前段①段萜に筆者の咳の特城が述べおある。特に咳こみはじめる予兆の郚分、気管のケむレン→躰の痛み→《俺はこれでい぀か死ぬぞ》(半ば投げやりな気分)→咳きこむを参考にする。以䞊より倜半の枅浄な空気に觊れ/日々の坐業ず喫煙で蝕たれた躰は痛みを感じ/それに察しお躰の䞻䜓がうしろめたさ(申し蚳なさ)を感じる、これがここでの戞惑いの含意するずころである。䞀床咳が出た埌で、次の咳を誘い出す沈黙を砎ったこずぞの恥ずかしさは、傍線の䞍節制な躰に起因するものでないから省くべきだろう。

<GV解答䟋>
倜半の枅浄な空気に喚起された、日々の座業ず喫煙で蝕たれた身䜓の痛みに察しおうしろめたさを感じるこず。(50)

<参考 S台解答䟋>
喫煙ず座りっぱなしの仕事でだらけた躰が倜半過ぎの枅浄な空気に觊れ、過敏に反応しお咳が出るずいうこず。(50)

<参考 K塟解答䟋>
枅浄な倖気に觊れ咳をする背埌には、健康に留意しないできた埌ろめたさや気恥ずかしさのようなものがあるずいうこず。(55)

問二 男から圱をさらっおいった(傍線郚(2))はどういうこずか、説明せよ。(二行䞀行25字皋床)

内容説明問題。本文蚘述から状況を正確に把握し、圱をさらっおいったずいう比喩のむメヌゞを䞀般的な衚珟で的確に蚀語化する。圓該段萜を敎理するず、私は向かいの壁に、屋䞊に届きそうな人圱を芋たこずがある。ものの二、䞉秒だった。それは近くを歩いおいた男の姿が、車のラむトに照らされお壁に投じられたずしか考えられない。この埌䞀぀の掚枬を挟み、あるいはずきお、もう䞀぀の掚枬ずしお傍線郚がくる。車がふいに劙なずころで劙な颚に向きを倉えお、その近くを歩いおいた男から圱をさらっおいった(傍線郚(2))のだろうか。
぀たり、急に向きを倉えた車が近くの歩行者をラむトで捉える→その時に男の圱が離れた所にある建物の壁に投じられた(〈車歩行者━━壁〉の䜍眮関係。だから巚倧な圱になった)。この投じられたずいう本文の衚珟がさらっおいくに察応する。ただ、さらうなら本来ある堎所ずしおの起点を瀺す必芁がある。それで歩行者本䜓から切り離すように離れた壁に投射したずした。

<GV解答䟋>
車が急に向きを倉え近くの歩行者をラむトで捉え、その圱を離れた壁に本䜓から切り離すように投射したこず。(50)

<参考 S台解答䟋>
歩いおいた男を車のラむトが偶然珍しい方向から照らした結果、壁に映った圱が男から遊離しお芋えたずいうこず。(52)

<参考 K塟解答䟋>
ラむトに照らされた人圱が、ふずした偶然で奇怪に歪圢され、圓人から離れお䞀人歩きしおいるかに芋えたこず。(51)

問䞉 酔いはもう自分䞀人の酔いであり(傍線郚(3))はどういうこずか、説明せよ。(四行䞀行25字皋床)

内容説明問題。傍線郚は、私が圱から想像した男の状態を説明する問題である。男に即しお説明したい。傍線䞀文に着目するず、 ここたで来れば、酔いはもう自分䞀人の酔いであり ずなっおいる。傍線郚の埌、⑀段萜末文たで自分䞀人の酔いの具䜓的説明になっおおり、圓然過䞍足なく解答に繰りこむ。その前にここたでの経緯を加えお、解答を構成するこずになる。それで、男は、䜕かの理由で酒を飲み、䞀人倜道を垰っおいる→酔いは自分䞀人の酔いである、以䞋ずなり、誰もいないから酔いを䞀人で楜しんでいるずたずめるこずもできる。が、これでは衚面的すぎるだろう。
⑀段萜以䞋、この段萜の本文構成における䜍眮づけを考慮しよう。そうした圱を私は芋お、うらやたしく思ったずいう⑥段萜を、次の⑊段萜では䞀般化しあんな颚に気たたに歩いおいる時でも 芋も知らぬ誰かに芋぀められおいるずいうこずがあるずくる。それを本人は䜕も知らずに通りすぎる。逆に蚀うず、ただ誰もいないから酔いを䞀人で楜しんでいるずいう次元でなく、男は酔いがほのがのずたわっおくるこずで、日々の雑事を芖野の倖におき䞀人の䞖界を生きおいるのだ。そうした理解を解答に衚珟したい。

<GV解答䟋>
䜕かの理由で飲んだ酒が、酔っぱらっお䞀人家路に向かう䞀歩ごずに身䜓に回る䞭で、誰にも気がねせず生掻䞊の決め事など芖野から倖し、今歩を進めるこずだけに集䞭し酔いに任せお自分の䞖界を生きおいるずいうこず。(100)

<参考 S台解答䟋>
誰ずどんな理由で飲んだ酒であれ、酔っぱらっお垰宅する途䞊にたで至れば、家人も含めお誰に気がねする必芁もないので、他人を䞀切意識せず、歩くに぀れおほのがのずたわる酔いを、気たたに発散しおいられるずいうこず。(102)

<参考 K塟解答䟋>
気たたに倜道を歩いお垰宅しおいるかに芋える人圱には、酒を飲んだ理由や他人ずの関わりずいったものに気をずめるこずなく、心地よい酔いに自分の心身をおおらかに解攟し䞀人それを楜しんでいるさたが感じられるこず。(101)

問四 奇劙な解攟感(傍線郚(4))を私が感じたのはなぜか、説明せよ。(四行䞀行25字皋床)

理由説明問題。解攟感の理由に合わせお奇劙さの指摘も忘れないでおく。傍線郚(4)は最終⑧段萜にあるが、傍線郚(5)も同じく⑧段萜にある。最終二文にあるように、この文章での考察を通しおの結論(私小説ずいう䜓裁だが随想に近い)は、人間存圚には圱の郚分の暮らしがあるず人間存圚には圱に感応する郚分があるの二点に集玄される。それで問四がに぀いおの問い、問五がに぀いおの問いずいう具合になっおいる。これに気づけば、䞡蚭問ずも根拠を割り出しやすくなる。
問四に぀いおは⑧段萜ず⑥段萜。発散しない酔いに぀぀たれおベランダから向かいの棟に映じた圱を芋た私は/それを酔っぱらっお気たたに歩く男に芋立お/それを自分に重ねるこずで/その男=自分が歩み去っおいくのを/自分ずしお芋送った。私は、冒頭から③段萜たでの堎面でも芋おずれるように発散しない/鬱屈した気持ちを抱えおいる。その私が別の男に乗り代わっお気たたに歩き去っおいく、それを私が芋送るずいう錯芚のうちに奇劙な解攟感を芚えたのである。

<GV解答䟋>
向かいの棟に映った圱を酔いどれ歩く男に芋立お、それが酔いに包たれベランダに立぀自己に重なったこずで、鬱屈した気分を抱えた自分がすべお忘れお歩き去っおいくのを、別の自分が芋送ったような錯芚を芚えたから。(100)

<参考 S台解答䟋>
発散しない酔いに぀぀たれおベランダに立っおいる「私」は、酔っお気たたに歩み去る男の圱が壁に映じるのを芋お䞀瞬自身の圱ず思い、自身が日垞から逃れお気たたに歩み去っお行く自身を芋送るような錯芚を芚えたから。(101)

 <参考 S台解答䟋>
圓人が知らない間に圱だけが䞀人歩きをしお人目を惹くずいう非珟実的な光景から、自己の内にも制埡䞍胜の郚分があるこずに思い至り、自己の身䜓や意識に過剰に囚われお生きおきた状態から逃れ去っおいく自由を感じたから。(103)

問五 圱の郚分の暮らしがある(傍線郚(5))はどういうこずか、説明せよ。(四行䞀行25字皋床)

内容説明問題。問四で説明したように、本問は結論の片割れ、人間存圚には圱の郚分の暮らしがあるに぀いおの問い。該圓箇所は前段⑊段萜。ポむントは、人には自芚的な生ず別に/他者の目に珟れる無自芚な圱のような生が/䞊行しおある(圱のニュアンス)/その圱の生は䞀人歩きしお(本䜓が関知しないずころで)/他者ず亀枉をもち圱響を䞎える。ここたでは該圓箇所さえ把握できれば難しくないだろう。
しかし、これだけでは四行ずいう解答欄からしおも、䞀぀ポむントが足らない気がする。そこで先ほどのポむントを敷衍するず、自己本䜓の関知しないずころであるが、圱が他者ず亀枉をもち圱響を䞎えるのならば、その結果が圱を通しお圱の本䜓にも圱響を及がすのは、むしろ自然なこずだろう。ちょうど、党問を通しお䞀芋解答箇所ず無関係に芋える③段萜の谺のように。私が他者を意識せずに発した声が、谺ずなっお付近に鳎り響き、それが自己にも反響しおきおそら恐ろしくなったように。

<GV解答䟋>
人は、自己の自芚的な生ず䞊行しお他者の目に珟れる別の生を「圱」のように生きおおり、その「圱」が自己の関知しないずころで他者に圱響を䞎え、翻っお自己の本䜓にも反響を及がすずいう二重の生を持぀ずいうこず。(100)

<参考 S台解答䟋>
男の圱が本人の知らぬ間に他人の「私」の目を惹いたこずから掚しお、人間には、自身が送っおいる人生ずは別に、自ら䜕も知らずにどこかの誰かに認識され、圱響を䞎えるずいう、無意識的な生掻ずいうものがあるずいうこず。(103)

 <参考 K塟解答䟋>
人は通垞、自分ずいう存圚を他人ずの関わりや自己の心身ず重ね合わせ理解しおいるが、自分の䞭には自意識だけではずらえがたい郚分があり、それが日垞の䞭で他人ずの間に思いがけない関係を取り結ぶこずもあるずいうこず。(103)