〈本文理解〉
出典は早川誠『代表制という思想』
①段落。実は、私たちの視点を変えるだけで、現代政治の仕組みと働きはかなり異なってみえてくる。そして、視点を変えることで、私たちの代表制の使い方も、大きく変わってくるように思われる。
②〜⑧段落。私たちは、ごく当たり前のように、政治とは民意の実現であり、政治家とは民意を媒介者であると考える。だが…現代における民意は、細分化し流動的で、組織化するのがむずかしい。…民意と呼ばれるものが民主主義にとって重要なのはいうまでもない。…代表制においても、有権者の意志が重要だと考えられるからこそ、権威付与や委任代表の論理が強い力をもってきたといえるだろう。…しかし、民主主義にとって、市民の意志の反映は重視されるべき事柄の一側面にすぎない。ウルビナティによれば、代表制の役割は、「意志」(will)というよりも「判断」(judgment)の領域に働きかけることにあるという。この場合意志ということで意味されているのは、現在の定まった意見、変化することのない静的な見解で、時間的な推移に重きがおかれていないものである。…これに対して判断は、人びとの意志がさまざまに異なっていて、時間の経過とともに議論や行動のなかでやりとりされ変化していくことを重視する。…そして判断が重要だと考えるのであれば、選挙でも投票という行為と集計結果だけをみていればよいということにはならない。選挙の機会に、またその準備や事後をふくめて、異なる意志をもつ有権者のあいだで議論がなされ、能動的な政治が実現されることが代表制の本質ということになる。
⑨〜⑮段落。これは一見したところ熟議民主主義に似た主張であり、直接制を志向する議論であるかのように思える。だが、意志ではなく判断を重視する場合には、代議制のほうが直接制に比べて有利な面もある。…熟議民主主義が、選好の変容というアイデアを通じて、単なる意志ではない判断の要素を組み込もうとしているのはたしかである。だが、そこでは制度的に意志と判断を切り離す仕組みが存在しない。…これに対して代表制では、いかなる意志も制度上ひとまず政治への反映を阻止される。…代表者は有権者の意思を受けとりはするが、それでも代表者は有権者自身ではない。…だからこそ、代表は判断の領域に踏み込むことができる。しかも、意志をそのまま表現するわけにはいかないからこそ、齟齬の解消のために民主的な議論が喚起され、活発な政治参加の必要も生じてくる。論点を明確にするために極端な形で表現するならば、代表制の特質は、そして代表制の意義は、直接民主制と比較して民意を反映しないことにあるのであり、民意を反映しないことによって民主主義を活性化させることにあるのである。
⑯〜22段落。念のため付け加えると、有権者の分断に対処するために代表者による判断が必要だとしても、代表者の有能さに依拠したエリート主義の立場をとる必要はない。…代表は代表であることそれ自体によって総合的な視点と判断力をもつように強いされる。…しかも…流動性を特徴とする無党派層の影響が大きくなった現代の選挙では、こうした状況はなおさらよく当てはまることになる。代表は、高い能力ゆえに良質な判断ができるのではなく、自身の意思実現を図る直接民主制的な政治主体でなはいという制度的な位置づけによって、必然的に客観的視点からの判断を下さざるをえない立場に追い込まれるのである。…判断の質において直接民主制が劣るという理由で代表制が採用されているわけではない。したがって、代表制を採用しても直接民主制を否定する必要はない。むしろ、代表制という安全装置が援用されているからこそ、安心して直接民主制を活性化させることができる。住民投票の例でいえば、議会制民主主義は住民投票を否定するものではない。だが逆に民意のぶつかり合いに終わらないようにするためには、議会制民主主義という制度の存在は必須である。「代表制と直接制は、民主主義が適切に機能するために必要とされるふたつの同等な制度なのであり、両者が否定し合う必要はどこにもない」(傍線部(1))。
23〜27段落。…代表の民主的性質と非民主的性質という複層性について論じた。今、そのふたつの層のうち民主的な層が信頼性を失いつつあるのは、代表制そのものの問題というよりも、再帰的近代化の影響が大きい。ならば解決は代表制の外側から民主的な層の活動を援助することが求められてもよい。そうすれば、「非民主的性質にふくまれるプラスの効果」(傍線部(2))を維持しながら改革をすすめることも可能になる。…もし政治家の争いが「私的」と批判される理由が、単に市民各々の意志とかけ離れているということだけにあるのなら、その批判は妥当ではない。曖昧で不定型な民意を、あらためて考え直し議論して政策体系に昇華させることが代表制の意義である。それをも民意からの離反だとするのであれば、それは議論や思考を拒否する点で、むしろ反民主的な政治を生み出しかねない。市民にとって必要なのは、政治家の利己的な行動と民意から距離をおいた議論とを的確に区別すること、そして政治家の議論が適切なものだと容認できる場合には、常に市民の意見の動きや変化を伝えて政策論争の材料を提供することである。直接民主主義を推進しながらも、それを代表制再生の触媒とすることこそ現代の民主制運営に必要なスタンスであり、どんなに回り道に思えようとも、民主主義を維持発展させるためのもっとも広い道なのである。
問一(漢字の書き取り)
(a)駆逐 (b)喚起 (c)擁護 (d)没頭 (e)曖昧