〈本文理解〉
出典は黒井千次の小説「声の山」。前書きに「「僕」は父に連れられて、今まで登ったことのない山に登ります。以下はその時のことを書いたものです」とある。
「お前、なにか失くして困っているものはないか?」
半コートを脱いで再び歩きはじめた父親の放った言葉が五郎を刺した。口ごもったまま答えることができずに息子は足を運んだ。左の手首が頼りなく軽かった(傍線部(1))。知っているのだろうか、と彼は父の表情をうかがった。「別に‥‥」
今日の自分の装備で一つだけ気がかりなのは時計のないことだった。三年生になった時にようやく買ってもらったブルーのベルトのついた腕時計は今も目のすぐ裏にあるのに、一週間前から姿を消していた。…父親は五郎の要求をなかなかきき入れようとはしなかった。遊びに出かけて帰る時間を守るのに腕時計があった方がいい、とようやく母が認めたのは、家に来た友達が三人とも腕時計をはめているのを見たからだ。買ってもらったとけいそのものへの愛着というより、それを失くしたことによって叱られるのが怖くていやだった。
「なにか思い出すものはないか?」。父親がどこかでみつけてそのまま黙って持っているのだろうか。二人だけのこういう場所で紛失を告げてしまった方が結局叱られ方が軽く済むかもしれぬ。曖昧に開きかけた五郎の口を父の次の言葉が遮った。「品物ではなくて、生き物でもいいんだよ」。五郎の予想に反して話は意外な方向に進んでいきそうな気配だった。「生き物?」「死んだものは駄目だ。それはもう戻らない」「逃げたようなもの?」。うん、と父は短く答えた。…「権現さまにお神酒をあげてお祈りしてから鍵取八郎右衛門という人に頼むと、家出して行方が知れなくなった者や、突然消えてしまった肉親をさがし出してくれたんだ」「どうやって?」「鉦と太鼓を叩きながら神社のまわりをぐるっと廻る。廻りながらさがしたい人や物の名前を三度呼ぶ。なんとかを出してたもれえーっていうふうにな」「そうすれば出て来る?」「いや、呼び声になにかの反応があった時には必ず消息がどこからか知らされて、いなくなった人に会えたというよ。それでこの権現さまは有名になったんだ」…
「ねえ、呼んでもいい?」「‥‥なにを呼ぶんだ?」「ただ、叫んでみるだけだよ」「‥‥やってみろ」。あー、と五郎は遠慮がちに声をあげた。竹藪のこもった空気の中に声はすぐ消えた。「そんな叫び方じゃ駄目だ」。きいた時は気の進まなそうな返事しかしなかったのに、今度はけしかけるような父の言い方だった。おー、と五郎は声量をあげた。前より更に反応はなかった。おーいになろうが、ヤッホーに変わろうが、山の空気はただ五郎の声を呑んだままだった。馬鹿にされたような気がした。なにかいけないことをしたような気がした。急に自分がいやになって五郎は唇を噛んだ(傍線部(2))。
一番下の石垣を背にして枯れ草に腰をおろし、電車を降りた折に駅で買って来た弁当を開くと気持ちが和んではじめてピクニックの雰囲気になった。北を石垣に守られ、冬の日をいっぱいに浴びた南面のその場所は絶好の休息地だった。…昼食がすみ、水筒の焙じ茶をたっぷり飲み、バックから出したせんべいを齧りながら五郎は枯草に寝転んだ。「いいとこだね、ここは」「人によってな、こんなことを言ったらしいよ。自分から姿をくらまして出て行った者がしばらくしてどうしても帰りたくなったりするだろう。黙って帰ってくるのは具合が悪いから、あの山で名を呼ばれたので止むを得ず帰って来たんだということにもしたんだろうって」。五郎は目の上に指を組んだ手をのせたままで、へえ、と息を吐いた。昼寝でも出来そうなのんびりとした枯草の日溜りのことを言ったのに、父親の言葉が別の方にそれて行くのがおかしかった。弟や妹が一緒だったらここでの時間の過し方も違っただろう、と五郎は思った。けれども今は、枯草の上を転げまわったり、拾った枝で斬り合いをしたりするより、大人のようにただ横たわっていたかった。
「もう一度見てくるからな」。父が立上がって身体から枯草を払い落とした。「お宮を? あの道?」。寝たまま五郎はたずねた。聞き取りにくい声を返して父は階段の方に歩きはじめている。「ここに帰って来てよ。まさかいなくなったりはしないだろうな」。急になにかが立去って行くような気がして五郎は片肘つくと身を起こした。「ばかだな、ここはいなくなった人を探す場所じゃないか、逆だろう」。愉快そうな笑い声を残して父の姿は石垣の向こうにすぐ消えた。…
どのくらいの時間がたったのかはっきりしない。まだ父は戻って来ない。五郎は草の上に起き上った。太陽の位置が少し右に動いたように思われる。日の色が微かに薄くなっている。小さな不安が自分の奥に生まれているのに五郎は気づく。それはまだはっきりした形をとってはいない。冷蔵庫に似た白い扉を開く父親の姿が見える。雪の残った狭い道を石垣に背を擦りつけるようにして横這いに進む無精髭の生えた父の顔が見える。ひやりとした竹藪に足を踏み込む影が見える。鳥だろうか。弱い獣のようにぴんと立てた五郎の耳に短い響きがきこえた(傍線部(3))。もしかしたらパパはなにかを失くしたのかもしれない、という考えが突然ひらめいて五郎を掴んだ。失くしたとすれば、それは馬みたいな大きなものに違いないと彼は咄嗟に思った。向うに歩き続ける父の身体から直角に離れて遠ざかって行く白い馬をいつか見たような気がする。竹藪の中の細い道から、たった一声、その馬を出してたもれえ、と今父が叫んだのではないか。五郎は動けなかった。いや、今にも立って走り出そうとする自分を彼は必死におさえつけた。枯草に座って、どこかから戻って来る父をここで待つことが必要なのだ、と彼は誰に教えられもせずに悟っていた、その父は今迄の父とはなにかが少し違うかもしれない(傍線部(4))。そんな予感が息をつめて坐り続ける五郎の中に生れ、彼の体を下の方から静かに浸しはじめていた。
問一「左の手首が頼りなく軽かった」(傍線部(1))のはなぜだと思われるか、その理由を説明しなさい。(4行)
理由説明問題。「頼りなく軽かった」というのは、そこにあるはずの時計がないことからくる物理的な作用と、それに伴う五郎の精神的な作用である(a)。その作用をもたらしたのは、「お前、なにか失くして困っているものはないか?」という唐突に父から発せられた一言である(b)。それがどうしてことさら精神的な作用をもたらしたかというと、「今日の装備で一つだけ気がかりなのは時計のないことだった」とあるように、その紛失に焦る気持ちを父(エスパー??)に見抜かれているように思えたからである(c)。ましてその時計は父の反対を押して買ってもらったものであり(d)、それゆえ、五郎は「それを失くしたことによって(父に)叱られることが怖くていやだった」のである(e)。
以上より、「父から失くしたものはないかと唐突に問われ(b)/実際に父の反対を押して買ってもらった腕時計を紛失し(d)/父に叱られることを恐れていたので(e)/その気持ちを父に見抜かれているようで(c)/左手首にそれが無いのが心許なかったから(a)」とまとめる。
〈GV解答例〉
父から失くしたものはないかと唐突に問われ、実際に父の反対を押して買ってもらった腕時計を紛失し、父に叱られるのを恐れていたので、その気持ちを見抜かれているようで、左手首にそれが無いのが心許なかったから。(100)
〈参考 阪大解答例〉
ようやく買ってもらった腕時計を一週間前に紛失して叱られることを怖がっていた五郎は、失くしたのはないかという父の言葉によって、父に事情を知られたのではないかと不安に思い、左の手首から失われた腕時計の存在をことさら強く意識したから。(114)
〈参考 S台解答例〉
ようやく買ってもらった腕時計を紛失したことで叱られることを恐れていた五郎は、失くしたものはないかと突然父に問われ、見透かされていたかのような驚きを感じ、答えることもできないまま、父が事情を知っているのではないかと不安に思い、山登りの装備として腕時計をしていないことを気にしていたから。(142)
〈参考 K塾解答例〉
親にねだってようやく買ってもらった腕時計を紛失し、それをいつ父親に指摘され叱られるかと恐れていたが、父と二人きりで登山に出かけることになり、そこにあるべき時計が手から失われたままであることが強く意識されたから。(105)
〈参考 Yゼミ解答例〉
ねだって買ってもらった腕時計を失くしてしまった五郎は、それを知られて叱られることを怖れていたが、父が失くした物について聞いてきたために、父のは既に知っているのではないかという疑念も生じ、腕時計をしていないことが強く意識されたから。(115)
〈参考 T進解答例〉
登山の途中で、父に「お前、何かなくして困っているものはないか?」と聞かれて、父の反対を押し切って、三年生になったときにようやく母に買ってもらったブルーのベルトのついた腕時計を失くしてしまっていることが強く意識され、喪失感を味わっていたから。(120)
問二「急に自分がいやになって五郎は唇を噛んだ」(傍線部(2))について、五郎が「急に自分がいやにな」ったのはなぜだと思われるか、その理由を説明しなさい。(4行)
理由説明問題。自分の「何が」いやになったのか(直接理由)。また、それをもたらした「状況」はどういうものか、を指摘すれば足りる。まず直接的には、父の言葉を契機に山に向かって「あー」とか「おー」とか「ヤッホー」とか発声を変え、声量もあげて繰り返し叫んだものの、「山の空気はただ五郎の声を呑んだままで」一向に響いて来ない(a)。それで五郎は「馬鹿にされたような/なにかいけないことをしたような気がし」(b)、「自分がいやになった」のである。しかし、なぜ山からの反響(山彦)がないことが「いけないこと」なのか。
五郎が山に向かって発声したのは、父から土地の伝説、失踪したものの名前を呼ぶと権現様が引き合わせてくれる、という話を聞かされたからだった(c)。そこで五郎は名前を告げずに山に発声したのだが、当然、五郎の中で取り返したいと願っているものは失くした腕時計であり、それを父に告げられない故に名前を伏せざるをえないのである(d)。その疾しさを内に抱えていたから、山に「いけないこと」を見透かされて拒絶されているように感じ(e)、「自分がいやになった」のである。
以上より、「失踪者が戻るという父の話に着想を得(c)/腕時計と告げずに山に叫びそれを密かに取り戻そうと願ったが(d)/声量を上げ発声を変え繰り返しても山に響かないので(a)/自己の疾しさを馬鹿にされ拒絶されているように感じだから(be)」とまとめる。
〈GV解答例〉
失踪者が戻るという父の話に着想を得、腕時計と告げずに山に叫びそれを密かに取り戻そうと願ったが、声量を上げ発声を変え繰り返しても山に響かないので、自己の疾しさを馬鹿にされ拒絶されているように感じたから。(100)
〈参考 阪大解答例〉
山に向かって名前を呼んで反応があると失せものが見つかるという話を聞き、紛失した腕時計も見つかるかもしれないと思って声をあげたが、呼び声に何の反応も起こらなかったので、馬鹿にされたような気になったと同時に、本当のことを父に打ち明けずに失せものの名前を隠したまま山に呼びかけた自分の行いに嫌悪感を抱いたから。(152)
〈参考 S台解答例〉
探したい人や物の名を呼んで反応があると消息を知らせてくれると言う伝承を父から聞いて、腕時計の紛失を気に病んでいた五郎は、その名を隠したまま声を上げた。しかし、さらに大声で叫んでも何の反応もなかったので、馬鹿にされたような気や、なにかいけないことをしたような気がして、突然自己嫌悪におそわれたから。(148)
〈参考 K塾解答例〉
人を探す時など、山に向かって声を出せば山が応えてくれるという話に興味を覚え、自分も叫んでみたものの何の反応も無く、試みた自分が愚か者のように感じられただけでなく、山の雰囲気を壊してしまったように思ったから。(103)
〈参考 Yゼミ解答例〉
見つけたい人や物の名前を呼ぶと見つかるという伝承を父に教わった五郎は、腕時計とは言わずに叫んだが、声量を上げても何の反応もなかったために、本当のことが言えないまま大声を上げている自分が愚かなことをしているような気になったから。(113)
〈参考 T進解答例〉
権現様に本当は失くしてしまった腕時計のことを呼んでその行方を教えてくださいと頼みたいのに、時計を買うことに反対した父の手前そうすることもできず、またおーいとか、ヤッホーと叫んでみても、山の空気に声が呑み込まれるだけで、馬鹿にされたような、また本心を見透かされているような後ろめたさを感じたから。(147)
問三「弱い獣のようにぴんと立てた五郎の耳に短い響きがきこえた」(傍線部(3))において、「弱い獣のようにぴんと立てた」という表現にはどのような効果があるのか、説明しなさい。(4行)
表現意図説明問題。始めに表現自体を吟味する。「〜ように」というのは比喩表現(直喩)であり、読者に場面をありありと連想させることを狙いとする(メタレベルの表現意図)(a)。「弱い獣」が耳を「ぴんと立てた」という比喩は、聴覚(やその他の五感)を研ぎ澄まして、周囲を警戒している状況を表す(当該比喩の一般的含意)(b)。
以上を確認した上で、その「弱い獣」と重ねられている「五郎」の具体的状況を整理していく。の場面「もう一度見てくるからな」と父。「ここに帰って来てよ。まさかいなくなったりはしないだろうな」と五郎(→からの父の一連の言葉に五郎は失踪を予感している)。「ばかだな、ここはいなくなった人を探す場所じゃないか」と父は五郎の元を離れる。の場面、「どれくらいの時間がたったのか、まだ父は戻って来ない。小さな不安が自分の奥に生まれているのに五郎は気づく」、こうした記述に続き傍線部の比喩表現が位置するのである。ここからポイントを抽出すると、父は消失を感じさせる言葉を残し五郎の元を離れた(c)→その後父はなかなか戻らない(d)→不安を感じつつも(e)、周囲を敏感に探る五郎(f)=耳を立てる弱い獣(ab)、ということだろう。
以上より、「消失を思わせる言葉を残し場を離れ(c)/その後なかなか戻らない父を待ち(d)/一人不安を募らせる五郎の心情を(e)/五感を澄まして周囲を警戒しつつ良い兆しを待つ獣の姿と重ね(bf)/読者がありありと連想できるように促す効果(a)」とまとめる。
〈GV解答例〉
消失を思わせる言葉を残し場を離れ、その後なかなか戻らない父を待ち山で一人不安を募らせる五郎の心情を、五感を澄まして周囲を警戒しつつ良い兆しを待つ獣の姿と重ね、読者がありありと連想できるように促す効果。(100)
〈参考 阪大解答例〉
なかなか戻ってこない父を待ち続ける不安や孤独から、見知らぬ道へと踏み込む父の姿まで想像してしまうまだ幼くもろい存在である五郎が、天敵を恐れて外からの情報に常に注意を払い聞き耳を立て続ける獣のように、周囲を警戒し、敏感になっている様子を比喩的に表現している。(128)
〈参考 S台解答例〉
大人ぶってもまだ幼さを残す五郎は、行先をはっきり言わないまま再び山道に入った父を待つうち、自分でもよく分からない不安を感じ始めた。そんな五郎が、父の姿を想像しながら周囲の物音にさえ敏感になっている様子を、比喩と擬態語を用いた「耳」の形象化に、「耳を立てる」という慣用句を重ねることで効果的に表現している。(152)
〈参考 K塾解答例〉
なかなか戻らない父を一人で待つうちに得体の知れない不安が兆し、見知らぬ世界に父が引き込まれるかのような夢幻に脅かされ、小動物のように、周囲の僅かな変化を察知しようと感覚を研ぎ澄ませていく様子を描き出す効果。(103)
〈参考 Yゼミ解答例〉
「弱い獣」は、行く先が判然としない父がなかなか帰ってこないため、父が遠くへ行ってしまった想像をしながら待っている幼い少年の不安と心細さを、「ぴんと立てた」は、周囲の僅かな音も聞き逃すまいとしている緊張感と怯えを表現している。(112)
〈参考 T進解答例〉
日が陰り始めるほどに長い時間がたったのにお宮に向かった父がまだ帰ってこないため、不安な気持ちが心にわき始め、冷蔵庫に似た白い扉を開いているようなところなどの明るくない父のイメージが思い浮かぶと同時に、鳥の鳴き声などを敏感に感じるなど、五郎の高まる緊張感を伝える効果。(133)
問四 なぜ五郎は「その父は今迄の父とはなにかが少し違うかもしれない」(傍線部(4))と思ったのか、その理由を説明しなさい。(4行)
理由説明問題。「その父」は「今迄の父」と違うと五郎が思った要因としては、対象としての父に内在する変化の他に、観察主体としての五郎の心境の変化が考えられる(相対性理論)。まず、傍線部(3)の直後、「もしかしたらパパはなにかを失くしたのかもしれない、という考えが突然ひらめいて五郎を掴んだ。失くしたとすれば、それは馬みたいな大きなものに違いないと彼は咄嗟に思った」という箇所。五郎はそのように、どこか脈絡を欠いた一連の父の言葉の意味を理解したのである(a)。
もう一つ、傍線部(4)の直前、「いや、今にも立って走り出そうとする自分を彼は必死におさえつけた。枯草に座って、どこかから戻って来る父をここで待つことが必要なのだ」という箇所。この記述を、の父が離れる前の記述「弟や妹が一緒だったらここでの時間の過し方も違っただろう、と五郎は思った。けれども今は、枯草の上を転げまわったり、拾った枝で斬り合いをしたりするより、大人のようにただ横たわっていたかった」と重ねて読むと、この短編が成長譚あるいはビルドゥングスロマンを構成していることが見えてくる。五郎を前に父は自分語りをし、また五郎に場所を任せ父はそこを離れた。父にはやるべきことがあり、自分は父が帰るまで一人で待たねばならぬ。そうした五郎の側の視点の移動が、より根本的に、父を今までと違ったものに見せたのである(b)。
以上より、「側を離れる前の父の言葉に大切なものを取り戻そうとする父の決意を読み取るとともに(a)/自らを大人として位置づけたことで父を庇護者としてではなく、対等な人格として尊重する構えが五郎のうちに備わりつつあったから(b)」とまとめる。
〈GV解答例〉
側を離れる前の父の言葉に大切なものを取り戻そうとする父の決意を読み取るとともに、自らを大人として位置づけたことで父を庇護者としてでなく、対等な人格として尊重する構えが五郎のうちに備わりつつあったから。(100)
〈参考 阪大解答例〉
父との時間を過ごして大人の世界を垣間見た五郎は、父が何か大切なものを失くした者であり、この山でそれを探しているのかもしれないと思い、自分が今まで知らなかった一面を父が持っているということに気づいたから。(101)
〈参考 S台解答例〉
突然、父には大きな喪失体験があるのではないかという確信的な考えにとらわれた五郎は、取り戻すことを願って父が叫んだように思った。大人には子供には言えない事情や内面があり、自分はそんな父を待つしかないと自覚した五郎は、子供としての立場でしかとらえられていなかった父にこれまでとは異なる人間像を感じているから。(152)
〈参考 K塾解答例〉
父は自分にとって大切な何かを見失い、失ったものを取り戻そうとする者を惹きつける山でそれを探している。父と再会できたにせよ、そんな幻の探索から戻った父はどこか違和感を抱かせる人に変質しているに違いないと感じるから。(106)
〈参考 Yゼミ解答例〉
父を待つうちに、父は過去に大切な何かを喪ったのかもしれないという考えが突然生まれ、それを探してさまよっている父を幻想の中で思い描いた。その想念に囚われた五郎は、父が神秘的な世界で今までにない経験をして帰ってくると思ったから。(113)
〈参考 T進解答例〉
父が何かを失くしたのかも知れないとひらめいたが、それは馬みたいに大きなものだと思うと、白い馬が父の身体から遠ざかって行くイメージが湧き、またその馬を出してたもれえ、という父の叫びが聞こえたような気がしたが、父を待つことが必要だと悟りながら、戻ってくる父を何かを失った存在として見てしまうような気がしていたから。(155)