〈本文理解〉

出典は木原淳『入門 法学読本』。
 
①段落。封建身分制とはどのような社会であったのか。簡単にいえば、人はその生まれによって、つまり伝統社会の中で固定化された身分の中で、権利や義務は生まれた身分によってあらかじめ定められ、その積み上げの上で法秩序が形成されている社会といえる。…家をはじめとする団体が、封建身分制社会を構成する基本的単位であった。
 
②段落。こうした社会において、人々の行動を規律する社会規範は、伝統的に守られてきた種族や慣習法が中心となる。封建社会において、男は親の職業を継いで家を継承し、女は親の職業や家格の近い家に嫁ぎ、祖先を祀るために子孫を絶やさないよう、子供を産み育て、家の跡取りを養育することが最大の義務となる。…
 
③段落。この考え方の背後にあるのは、人間は宿命的存在として生まれてきたという宿命論である。…しかしこれに対して、人は宿命に規定される面もあるとしても、自由な意思で人生を切り開くこともできるはずだという自由論の立場からの異議が可能である。単純化すれば、封建身分制の社会とは、人間の宿命性を出発点に社会秩序を形成しようとする思想に立脚しているのに対し、近代市民社会は、人間存在のもつ自由な面を重視して社会秩序を形成しようとしている。どちらが正しいと簡単に言うことができないが、封建身分社会は、社会全体の秩序維持のために個人の自由を抑圧する停滞した社会であることは間違いない。ただこの社会では…人生の選択に悩み、自分探しをするとか、家族の崩壊や自殺といった現象は、社会問題としてはほとんど存在せず、安定度の高い社会といえる。逆に近代市民社会は、すべて個人の選択と能力によって与えられるべきとする社会だから…個々人は不安の中で孤立し、能力のないものは脱落していく不安定な社会でもある。
 
④段落。日本では明治以降、法秩序のモデルは封建身分制から、個人主義を前提とする市民社会となり、それを支える法体系として市民法の体系が採用された。個人主義化された「市民社会の倫理と封建的倫理の矛盾」(傍線部(1))が本格的に意識されるようになるのは大正以降だが、夏目漱石や芥川龍之介、志賀直哉など日本の近代文学は、前近代と近代の倫理の間で苦悩する近代人を描くことを一つの課題としてきた。明治以降の日本の近代化と市民社会の形成は、人間の生き方に大きな影響を与え、文学の題材となってきた。
 
⑤段落。市民法は、自由で平等な個人を、社会秩序の基本単位とする。しかしここで問題となるのは、自由で平等な地位にある諸個人が好き勝手に活動するならば、一体どのようにして社会秩序を形成し、維持できるのか、という疑問である。…
 
⑥段落。…結論から言えば、封建身分制であろうと市民社会であろうと、社会が存在するためには、誰かがルールを定め、それに従うという関係が必要である。また約束は確実に守られるという期待がなければ、分業も社会秩序も成り立たない。…市民社会を作るために超えなければならない問題とは、自由で平等な権利をもつ独立した個人が、いかにしてそれぞれの義務を負い、秩序ある社会を作るのか、という問いなのである。この義務づけを可能にする原理が、「合意は拘束する」(傍線部(2))という命題である。つまり他人に対して何かを為すこと(または不作為)を義務付ける根拠とは、本人がそうすべき(しない)ことに同意したことである。この同意が「しなければならない」という義務を根拠づけるのである。
 
⑦段落。(売買契約の例)
 
⑧段落。この両当事者の義務は誰に強制されたものでもない。自らの自由意思と相手方の自由意思を尊重する結果として、その内容の義務を負うことを自分で決めたのである。…
 
⑨段落。(大学と学生、大学と教員の義務関係の例)。これらの関係はいずれも、誰に強制されたわけでもなく、自分自身の自由な意思で形成した関係である。「自由と秩序は両立している」(傍線部(3))のである。
 
⑩段落。このように、無数の約束と取り決めによって、会社やその他の団体も組織され、取引活動もおこなわれる。人と人を結び付ける関係とは、生まれながらの身分や宿命ではなく、自由な意思にもとづく同意によって形成される。市民社会においては、あらゆる社会関係がこの同意の原理にもとづいて説明されることになる。
 
⑪段落。この合意の原理は、[ A ]と国民の関係の説明にも用いられる。なぜ法律を守らなければならないか、という問いに対しては、国民が自分自身に対する決定として、民主的な手続きによってその法律を定めたからであると説明される。…国会議員たちは選挙によって民主的に選出され、私たちはその人々に法律制定の権限を委ねたと理解される。私たちは国民の代表者である国会議員の行動を、自分自身の行動とみなすことで、法律も自ら制定し、同意したものとみなされる。
 
⑫段落。このような説明の仕方は現実離れしたもので、何か胡散臭い建前論と感じられるかもしれない。…しかしそれにもかかわらず、法律は国民の同意によって成立している、との建前は、決して無力でも無意味でもない。少なくとも官僚や利害関係者たちがどんなに影響力を行使しようと、法的には選挙で選出された国会議員の賛成がなければ法案を成立しないし、国会議員も選挙区住民の支持を得たという事実がなければその地位につくことも法的に不可能である。法律は国民の同意により制定されるから、その法律に国民が服従することは国民の自由と両立する、ということは規範的な意味で確かにこのように言えるのである。
 
⑬段落。このように、近代の市民社会は、当事者たちの自由な同意によって形成されていると規範的には説明されるのである。…このように、同意の原理は、民法をはじめとする私法の基本的な原理となった。…
 
⑭段落。ただし、すぐに気づかれるように、子供は本人の意思とは全く無関係に、その親の子供として生まれてきたわけであるから、この局面では同意の原理はあてはまらず、その関係は親子という生来的な身分でしか説明できない。[ B ]、子は親に対して、無条件的に保護と養育を求める権利をもつし、親は子供を養育する無条件的な義務を負う。つまり近代市民法の原理の柱となる同意の原理は、基本的には選択能力を有する理性ある成人どうしの関係を念頭に置くもので、親子のように血縁にもとづく自然的な関係を十分に説明できるわけではない。…しかし近代社会の成立と共に発展してきた科学技術は、この宿命を可能な限り取り払うことに努め、選択可能な自由にすることに邁進してきたといってよい。(男女の産み分け、性転換、デザイナーズベビーの例)。人間の身体を操作するこうした技術は、[ C ]、「近代市民法の理念の延長上にあると言える」(傍線部(4))けれども、権利能力の主体である人間を、物やペットのように客体化しようとする欲望は、生命倫理学上の問題を孕むと同時に、人が権利主体であり、モノは権利の客体であるとする近代市民法の基本的構造を揺るがす問題でもある。
 
 

問一 (漢字の書き取り)

a.異議 b.嫌 c.
 

問二 (空欄補充)

〈答〉国家 (※「国民」との対)
 

問三 (接続表現)

〈答〉エ (だからこそ)
 

問四「市民社会の倫理と封建的倫理の矛盾」(傍線部(1))とはどのようなものであるか、当時起こり得た具体的な状況を想像して、わかりやすく説明せよ。

 
内容説明問題。傍線部は④段落、日本では明治以降、法秩序では封建身分制から個人主義に基づく市民社会への移行が進んだが、倫理面では依然として両者の間の「矛盾」が残り、特に大正以降、文学などを通し本格的に意識されるようになった、という文脈上にある。以上の文脈を踏まえ「封建的倫理(X)が根強く残る社会では/市民社会における法的に正当な生き方(Y)が/妨げられうること」という構文でまとめる。
 
Xについては、①②段落の内容を参照し「帰属集団の求める義務を果たすべきだとする封建的倫理」とする。Yについては③④段落の内容を参照し「自由な個人による正当な権利の行使」と置き換え、それが封建的倫理の根強く残る社会では「伝統的慣習により妨げられうる」として最終解答にする。
 
 
〈GV解答例〉
帰属集団の求める義務を果たすべきだとする封建的倫理が根強く残る社会では、自由な個人による正当な権利の行使が伝統的慣習により妨げられうること。(70)
 
〈参考 S台解答例〉
慣習や世間の目を気にせず自由気ままに行動したいと思いつつ、伝統的な習俗や慣習にもとらわれるという相克。(51)
 
〈参考 K塾解答例〉
青年が、自らの意思に従い、家を離れ学業に邁進して立身出世することが認められる市民社会の倫理と、先祖伝来の家業や生家を継ぐべきだという封建的倫理との間で板挟みになるというもの。(87)
 
 

問五「合意は拘束する」(傍線部(2))とはどういうことか、わかりやすく説明せよ。

内容説明問題。傍線部(⑥)までの文脈。空白行で前段までと分けられた⑤段落に「(市民社会において)自由で平等な地位にある諸個人が好き勝手に活動するならば、一体どのようにして社会秩序を形成し、維持できるのか」という疑問が挙げられる。もちろん「好き勝手」な活動をよしとすることはできない。誰かが定めた「ルール」に従う必要が出てくる。そのために自由な個人は「義務」を負う必要があり、その義務づけを可能にするのが「合意は拘束する」という命題である(傍線部)。この命題の「合意」と、その結果としての「拘束」を具体的に説明すればよい。
 
まず何に対する「合意」か。秩序を維持するための近代市民社会の「ルール」に従うことに対する「合意」である(⑥)。そして、近代市民社会は「人間存在のもつ自由な面を重視して社会秩序を形成しよう」とする(③)。また、売買契約の事例承けた⑧段落、大学における事例を承けた⑨段落にあるように、こうした合意は「強制」ではなく各人の「自由意思」によりなされたものである。以上より「自他の自由を尊重するための/規範に/各人が自発的に合意した結果」とまとめ「拘束」につなぐ。
 
次に「拘束」についてだが、それは⑥段落の傍線部前後にあるように、「合意」により各人が「義務を負い、秩序ある社会を作る」ような状態を指す。「義務を負」うとは、市民社会の規範が課す義務に従うことであり、⑤段落の前提に戻れば、「秩序ある社会を作る」にあたって「好き勝手に活動する」、すなわち権利の濫用を控える、ことでもある。以上より「(〜結果)各人は市民社会の課す義務に従い/無制限な権利の行使を控えるということ」と後半をまとめ、前半につないで最終解答とする。
 
 
〈GV解答例〉
自他の自由を尊重するための規範に各人が自発的に合意した結果、各人は市民社会の課す義務に従い、無制限な権利の行使を控えるようになるということ。(70)
 
〈参考 S台解答例〉
自由で平等な権利をもつ独立した個人は、他人との同意を互いの自由意思で選択した結果、義務を負うということ。(52)
 
〈参考 K塾解答例〉
個人や集団の間で交わされる「合意」は、双方の自由意思にもとづいてなされるものであり、互いを尊重する結果として、両者が取り決められた内容に従う義務が生じるということ。(82)
 
 

問六「自由と秩序は両立している」(傍線部(3))と言えるのはなぜか、わかりやすく説明せよ。

理由説明問題。売買契約における相互義務関係の事例(⑦)、大学おける相互義務関係の事例(⑨)を挙げ、それらの関係は強制ではなく「自由な意思」(にもとづく同意)によって形成される、と述べた後に続くのが傍線部である。ならば、前問の内容も考え合わせ、「各人が権利を濫用せず義務を果たすことで成り立つ秩序は/各人の自由な意思にもとづく同意(合意)によるものだから(→自由と秩序は両立する)」と一応の解答はできる。筆者は、⑬段落の記述でも「法律は国民の同意により制定されるから/その法律に国民が服従することは国民の自由と両立する」とするように、秩序を立ち上げる「自由な意思」による同意を重視しているので、上の解答で間違いではないだろう。
 
ただ、それでも解答要素が前問と完全に一致する上、秩序成立の「手続き」のみで「両立」というのは、やはり弱い気がしないでもない。そもそも「自由と秩序は両立している」という命題は、「自由と秩序は対立する」という常識的な見方を折り込んでいる。ならば、ただの手続き論にとどまらず、「自由」と「秩序」の存在性質においても「両立」することを示したいところだ。⑤段落の前提に戻れば、「諸個人が好き勝手に活動すれば」秩序は成り立たず、結果として自由は損なわれる、ということになる(自然状態)。それゆえ、各人は市民社会の規範に同意し、その義務を果たすことで、結果自由を確保するのである(社会契約)。つまり、契約の手続きにおいて「自由」が「秩序」を呼び込むだけでなく、逆に契約の上成立した「秩序」こそが一方の無制限な権利行使を抑制しながら、他方の「自由」を守護するのである。以上、手続きの上でも存在性質の上でも「自由」と「秩序」は両立する。最終解答は以下の通り。
 
 
〈GV解答例〉
秩序は、各人が社会の求める義務を果たすことに自由な意思で合意した結果成り立つものである上、逆にこうした秩序により無制限な権利の行使が抑制され、より確実に各人の自由が保障されるから。(90)
 
〈参考 S台解答例〉
平等な権利を持つ個人は、自らの自由意思にもとづく合意によって、社会が存続するために守るべき基準に従うという関係を形成するから。(63)
 
〈参考 K塾解答例〉
自由で平等な個人が好き勝手に活動すれば社会の秩序は維持できないと思われるが、実際の市民社会では、個人や集団の間で誰かに強制されることなく自らの自由な意思に基づいて多くの約束や取り決めがなされることで、社会秩序が形成され維持されているから。(119)
 
 

問七 空欄(c)の内容は「近代市民法の理念の延長上にあると言える」(傍線部(4))の理由を示すものである。この空欄を20字以内で埋めよ。

空欄補充問題(理由)。最終⑭段落は、近代市民社会と市民法が定着した現代においても、親と子の関係のように前近代に支配的だった「宿命論」は残るが、それをも科学技術は払拭し、人間の「選択可能な自由」の射程に置こうとする、という内容である。
空欄は、男女の産み分けのような人間の身体を操作する技術(X)が、「近代市民法の理念の延長上にあると言える」理由にあたるものである。前近代の「宿命論」と比較してXがどういう点で「近代市民法の理念」の延長なのかを端的に示せばよい。ズバリ答えの根拠は、空欄を含む一文の直前の具体例のさらに前「しかし…科学技術は/この宿命を可能な限り取り払うことに努め/選択可能な自由にすることに邁進してきた」という記述。主語がXと一致することにも着目したい。以上より、Xは[個人の選択の自由を拡大するものだから(解)]近代市民法の理念の延長上にあると言える、と空欄を補充できる。
 
 
〈GV解答例〉
個人の選択の自由を拡大するものだから(18)(※ガチンコ)
 
〈参考 S台解答例〉
個人の自由と選択を拡大するものとして(18)(※出典と同一)
 
〈参考 K塾解答例〉
個人の自由と選択を拡大するものとして(18)(※出典と同一)