目次
- <本文理解>
- 〈設問解説〉問1 傍線部(ア)~(ウ)の解釈として最も適当なものを、それぞれ一つずつ選べ。(語句の意味)
- 問2 波線部a~dの敬語は、それぞれ誰に対する敬語を示しているか。その組合せとして正しいものを選べ。(敬意の対象)
- 問3 「いたづらに消え失せなむこそうらめしけれ」(傍線部A)とあるが、このときの狐の心情はどのようなものか。その説明として最も適当なものを選べ。
- 問4 「この娘、つやつやうちとくる気色もなく、折々はうち泣きなどし給ふ」(傍線部B)とあるが、娘はどのような思いからこのような態度を示したのか、その説明として最も適当なものを選べ。
- 問5 狐が娘に化けた理由として最も適当なものを選べ。
- 問6 この文章では、姫君との関係において、玉水のどのような姿が描かれているか。その説明として適当なものを選べ。
〈本文理解〉
出典は『玉水物語』。中世の御伽草子からの出題であった。語句や文法レベルでは容易だが、予期や思惑をはらみながら展開する起伏のあるストーリーを正しく把握することが肝要である。昨年と同様、傍線の前後だけ見て答えを選ぶような姿勢を排し、「文章」を読むことを求める意図が感じられる。
一般に、古文の読解においても、一文を正確に解釈する力とともに、全文の大意を素早くつかむ力が求められる。大意をつかむ上での着眼点は以下の通り。
①場面を把握する。②「を・に・ば・ど・が」などに着目し意味のまとまりを把握する。③「主一述」を中心に文の骨格をつかむ。④述部(敬語表現も含む)との関係で主語や目的語などの省略部を補う。⑤文意を転じる付属語(助動詞・助詞)や心情・判断を表す形容表現に着目する。
〈本文理解〉
前書きに「高柳の宰相には十四、五歳になる美しい姫君がいた。本文は、花園に遊ぶ姫君とその乳母子の月冴を一匹の狐が目にしたところから始まる」とある。
①段落。折しも、花園で姫君を見初めた狐は、木陰に立ち隠れて、「しづ心なく思ひ奉りけるこそあさましけれ」(傍線部(ア))。塚に戻った狐は我が身を省み、「どんな前世からの報いで、このようなけだものの身に生まれついたのか。美しい人を見初め、「およばぬ恋路に身をやつし」(叶わない恋の想いで身をすり減らし)、「いたづらに消え失せなむこそうらめしけれ」(傍線部A)」と思い煩いさめざめと泣く。そのうちに「「よき」(高貴な男性)に化けて姫君とお会いしたい」と思ったが、「いざ姫君と親しい仲になるならば、必ず姫君の御身は「いたづらになり給ひぬべし」(虚しいものとおなりになるはずだ)。ご両親のお嘆きもさることながら、世に類いなき姫君の身の上であるのに、それを虚しいものとして差し上げることは痛わしくて」と思い乱れる。食べ物も喉を通らず、衰弱して過ごす。「もしや見「奉る」(波線部a)」と花園に出ると、人から礫や矢を受け、(それでも)ますます心を焦がす様子は、しみじみと心を打つのであった。
②段落。露霜と消えてしまわない命が、狐にはかえって辛くもあるが、「「いかにして」(傍線部(イ))御そば近く参りて朝夕(姫君を)見奉り心を慰めばや」と思案する。とある民家に、男の子ばかりで、ひとりでも女の子がいたならば、と嘆く者がいる。それを「たより」(よい機会)として、十四、五の美しい顔立ちの女性に化けてこの家に行き、「西の京にいた者ですが、無縁の身となり、足の向かうままここに来ました。もうどちらに行けばよいのか分からないのでお頼りしたいのです」と言う。女の主人が迎えて、「かわいそうに。美しいお姿ですのに。私を親と思ってください。女の子が欲しいと思っていたので、願ったり叶ったりだわ」と言う。そういうわけで女主人は、西の京から来た娘を家に住まわせて、ふさわしい男性に娶わせようとあれこれ工面した。されど(しかし)、「この娘、つやつやうちとくる気色もなく、折々はうち泣きなどし給ふ」(傍線部B)ゆえ、(女主人)「もし見給ふ君(愛しい相手)など「候は」(波線部b)ば、私に隠さず教えてください」と慰める。(娘)「そんなことは決してございません。つらい身の上が嫌で気持ちも塞がるばかりなので、「人に見ゆる」(男の人と結婚する)など思いもよりません。ただ美しい姫君のお側に「侍り」(K)(お仕えして)て、御宮仕え申したく「侍る」(波線部c)なり」と言うので、(女主人)「よい縁談先をと思っていましたが、あなたがそうお思いならば、お気持ちに背くつもりはありません。(出仕先として)高柳殿の姫君は「優にやさしく」(優美で上品で)いらっしゃる。私の妹が仕えているところなので、様子を聞いてから、あなたにお伝えしましょう」と言うので、娘はとても嬉しいと思った。
③段落。その後、女主人の妹をつてに姫君の乳母に伺ったところ、「それならすぐにでも参上させなさい」ということで、娘は喜んで身なりを整え参上した。その美しい姿や顔立ちに、姫君もお喜びになって、「玉水の前」と娘をお名づけになる。(玉水は)何につけても優美で上品な様子で、朝夕姫君に親しくお仕えし、御手水を差し上げ、供御「参らせ」(波線部d)、月冴と同じように姫君の下で眠り、離れることなく伺候した。庭に犬が来ると、玉水の様子が「けしからぬ風情」(異様な感じ)であるので、姫君は敷地内で犬を飼いなさらなくなった。「「この人の御おぼえ」(傍線部(ウ))の御うらやましさよ」など、側で妬む人もいただろう
④段落。こうして月日が経ち、五月の半ば、月も曇りなく美しい夜、姫君は御簾の近くまで膝行してきて、「うちながめ」(ぼんやりと物思いにふけり)なさった。折節、ほととぎすが訪れて飛び去ったので、(姫君)
「ほととぎす雲居のよそに音をぞ鳴く」
とお詠みになった。そこで玉水はすかさず、
「深き思ひのたぐひなるらむ」
やがて(そのまま続けて)「わが心の内」と玉水はぼそぼそと申し上げたので、(姫君)「(深い思いとは)何事でしょうか、あなたの心の中を知りたいわ。恋でしょうか、はたまた、人を恨む心でしょうか。あやしいわ」。(姫君)
「五月雨のほどは雲居のほととぎす
誰がおもひねの色を知るらむ」
〈設問解説〉問1 傍線部(ア)~(ウ)の解釈として最も適当なものを、それぞれ一つずつ選べ。(語句の意味)
(ア) 「しづ心なく/思ひ/奉り/ける/こそ/あさましけれ」と品詞分解でき、ポイントは「しづ心なく」(X)と「奉り」(Y)と「あさましけれ」(Z)。Xは「静かな心がない/心がざわつき落ち着きがない状態」。Yは謙譲の補助動詞。尊敬の補助動詞「給ふ」が「~なさる/お~なる」と訳せるのに対し、謙譲の補助動詞「奉る」は「~申し上げる/お~する」と訳せる。Zは、「(意外な事態を前に)驚く/あきれる/情けない//(驚くほど)素晴らしい」の意味を持つ基本単語。ここは、狐が人である姫君を見初めてしまった事態への驚きを表している。以上を踏まえて、②が正解。
(イ) 「いかにして」の訳は、「どのようにして」と「何とかして」とがあるが、傍線部(イ)が引用の「と」で承けられる心内文の始めにあり、「いかにして~ばや」と、自己願望の終助詞「ばや」と呼応して「何とかして~たい」と訳せることから、正解は④となる。
(ウ) 「この人の/御おぼえ/のほど」。「おぼえ」がポイントだが、その上に尊敬の接頭語「御」がついていることにも注意する。「おぼえ」は「評判/寵愛/記憶/自信」などの意味を持つ多義語で、古文では特に「評判」と「寵愛」の意味が問われやすい。(ウ)の場面は、玉水に対する姫君の特別の配慮が語られ、それを「この人の御おぼえのほど」とねたむ人がいるという文脈である。以上より、「この人」=「玉水」に対する「姫君」(敬意対象者)の「御おぼえ」=「ご寵愛」となり、正解は⑤。
問2 波線部a~dの敬語は、それぞれ誰に対する敬語を示しているか。その組合せとして正しいものを選べ。(敬意の対象)
a「奉る」は、姫君への叶わぬ恋心に身を焦がす狐が、「もしや見奉る」と思い、花園に「よろぼひ」出る場面で、「奉る」は謙譲語(補助動詞)だから、客体への敬意を表す。この場合、心情の主体である狐が姫君を「見る」ことを期待する箇所だから、(心情の主体である「狐」から)「姫君」への敬意を表す。
b「候は」は、女主人が西の京から来たという娘(狐)に慰めの言葉をかける場面で、「もし見給ふ君など候はば~」となっている。「候ふ」には、謙譲語と丁寧語の用法があり、補助動詞の場合は丁寧語に決まるが、この箇所のように本動詞の場合は、「謙譲語/(貴人に)お仕えする」と「丁寧語/あります・ございます」をどちらかを意味から判断することになる。ここは「もし愛しい人などがいるならば~ください」と丁寧語で訳すところ。丁寧語は会話の「聞き手」への敬意。よって、(会話主の「女主人」から)「娘」への敬意を表す。
c「侍る」は、「候ふ」と同様、謙譲語(本)と丁寧語(本or補助)の用法があるが、ここは、「御宮仕え申したく侍るなり」となっており、本動詞「申し」(+願望の助動詞「たし」)に丁寧の意味を加える補助動詞ということが分かる。この場面は、娘が女主人に話している場面だから、(語り手の「娘」から)聞き手の「主の女房」への敬意を表す。
d「参らせ」は謙譲語で、客体への敬意を表す。この場面の主体は、「姫君」に仕えることになった「娘」。波線を含む「供御参らせ」は、「食物を差し上げる」という意味で、その客体は「姫君」である。よって、(ここは地の文なので「作者」から)「姫君」への敬意を表す。
以上より、答えは④となる。
問3 「いたづらに消え失せなむこそうらめしけれ」(傍線部A)とあるが、このときの狐の心情はどのようなものか。その説明として最も適当なものを選べ。
心情説明問題。まずは傍線の分析。中心的な心情は形容詞「うらめしけれ」(うらめし)だが、これは現代語と同じで、「他者を恨めしく思う」(他責)か「自己を残念で情けなく思う」(自責)かを表す。選択肢の締めを横に見て、②「悲しい」は「うらめし」のニュアンスが出ていなから除外。後の選択肢は、いずれも「自責」の意味になっている。他に、傍線からは形容動詞「いたづらに」を確認しておきたい。「いたづらなり」(徒らなり/cf 徒労)は「役に立たない無駄さ」から「むなしさ/つまらなさ」、「ひまさ/てもちぶたさ」に広がる意味をもつ。この「いたづらなり」を踏まえているのは⑤「むなしく」のみだが、慎重に傍線付近を確認しよう。
傍線は、姫君を好きになってしまった狐が自らを省みる場面、心内部の最後にくるので、心内部全体を振り返ると、「自分は前世の報いか「けだもの」の身である→それが美しい人を見初め→およばぬ恋路に身をやつし→いたづらに消え失せなむ→うらめしい」。このうち「やつす」という言葉が難しいが、これには「目立たない格好をする」の他に「やせるほどに夢中になる」という意味がある。これが分からなくても「狐である自分が/およばぬ(→叶うはずのない)恋により/むだに消えてしまいそう/それがうらめしい」という内容がとれればよい。「かなわぬ恋に身も疲れきって」としている⑤が正解。
問4 「この娘、つやつやうちとくる気色もなく、折々はうち泣きなどし給ふ」(傍線部B)とあるが、娘はどのような思いからこのような態度を示したのか、その説明として最も適当なものを選べ。
心情説明問題。「この娘」の意図が明示されているわけではないから、前後のストーリー展開から論理的に推測する必要がある。「この娘」はもちろん、狐が化けた姿である。そもそも「狐」は「いかにして御そば近くに参りて朝夕(姫君を)見奉り心を慰めばや」と思って、「娘」に化けたのであった。化けた姿で、女の子を切望していた女主人を取り込み、その家に住まわせてもらっている。女主人はとても親切である。それでも打ち解けずに振る舞っているとしたら、どういう効果を期待してだろうか。この後の展開を読むと、心配する女主人に、娘は「美しい姫君」の側で宮仕えすることを望みを伝えた。その結果、「高柳殿の姫君」のところに出仕する、かねての願いが叶ったのだった。
もちろん、狐=娘に全ての帰結が予期できたわけではないが、娘が打ち解けず泣いてばかりいたのは、女主人の心配を引き出し、「美しい姫君」(それは意中の姫君であるはず…)に出仕する希望を伝えようという気持ちがあったからと言えるだろう。ズバリ③。
問5 狐が娘に化けた理由として最も適当なものを選べ。
理由説明問題。傍線のない問題。こうした場合、戻る傍線がないからといって漠然と考えてはならない。傍線がなくとも、設問条件が解答の方向性を示してくれるはずだ。「狐が娘に化けた理由」。それは、当然、意中の姫君に近づくためだ。ここから「娘」でなければならない理由は、と考えると、実際そうなったように女房として「姫君」の身近で仕えることができるというメリットが挙げられる。
では、「娘」以外に化ける可能性があったのか。もちろん、あった。①段落5行目の狐の心内部「よきに化けてこの姫君に逢ひ奉らばや」。ここで「逢ふ」や「見る」という語には、「男女が親しく交わる/恋人として交際する/夫婦の契りを結ぶ」といった含意がある。そう狐は思ったのだが、6~7行目「我、姫君に逢ひ奉らば、必ず(姫君の)御身いたづらになり給ひぬべし」「世にたぐひなき御有様なるを、いたづらになし奉らむこと御いたはしく」と思い直し懊悩するのであった。ここで「いたづらになる/なす」とは「虚しい状態になる/する」「身が破滅する/身の破滅をもたらす」という含意がある。
異性として自らの思いを満たすことは、同時にその思慕する対象の身を滅ぼしかねない。それはあまりに痛わしいことで、その道はとれない。それでも姫君が恋しくて、娘と身を変え姫君の側に仕えることを願ったのであった。以上より、娘である理由と、娘以外=男性ではダメな理由が触れてあるのは①しかない。
問6 この文章では、姫君との関係において、玉水のどのような姿が描かれているか。その説明として適当なものを選べ。
趣旨説明問題(連歌/和歌の解釈)。傍線のない問題。2018年の古文問6もこういった問題だった。問5と同じく、設問条件から答えるべきことの照準を絞っていく。「姫君との関係において/玉水のどのような姿が/描かれているか」。玉水と姫君との(一方的でない)関係が描かれるのは③④段落である。特に④段落では、連歌のやり取りを通して、両者の内面的な交流が描かれる。解答の中心は、ここになるはずだ。
五月半ばの月が美しい夜、ほととぎすの訪れを受けて、姫君による発句「ほととぎす雲居のよそに遠く鳴く」。それに対する玉水の付合「深き思ひのたぐひなるらむ」、そう応えた玉水は「わが心のうち」とぼそりと付け加える。「深き思ひ/わが心」、この連想を見逃さず、姫君は「(あなたの)心の中こそ/ゆかしけれ(知りたいものよ)」とと突っ込み、「五月雨の…」の歌を重ねる。
ここから、「姫君との関係においての玉水の姿」を抽出すると、玉水には姫君に言うに言えない「深き思ひ」がある。それは、言うまでもなく「姫君への恋心」である。ふと口にした「わが心のうち」という言葉に、姫君は興味を示すのだが、それを打ち明けることは到底できそうにない。狐である玉水には決して叶わない思いであるのだから。歌の贈答の過程をたどり、そこからくる玉水の切ない姿を押さえた②が正解。
①は「月冴が嫉妬」「周囲の不満に気づけない玉水」、③は「姫君が密かに心を寄せる殿上人」「姫君の恋を応援」、④は「しつこく問い詰める」「冷たい応対」、⑤は「嫉妬され、涙にくれるような状況」「苦しい立場を理解してくれない」が明らかにバツ。