目次
- 〈本文理解〉
- 〈設問解説〉問一 (漢字)
- 問二「大人の側では「教育」などと思っていない何気ない行動」とあるが、これはどのような行動を指すのか。本文の内容に即して30字以内で説明せよ。
- 問三「子どもは、自分の好きな赤いほうではなく、第一の実験者が見て視線追従した青いほうをさす割合のほうが多いのです」について、この実験の結果は、子どもが何を学んだことを示しているのか。本文の内容に即して30字以内で説明せよ。
- 問四「教える能力と教わって学ぶ能力」の両者の関係を筆者はどのようにとらえているのか。本文の内容に即して30字以内で説明せよ。
- 問五 筆者はこの文章で「ヒト」をどのような動物ととらえているのか。本文全体の内容を踏まえて90字以内で説明せよ。
〈本文理解〉
出典は安藤寿康『なぜヒトは学ぶのか 教育を生物学的に考える』。
①段落。言って聞かせること、ことばで伝えることが理解できるようになることを教育というなら、教育が始まるのは子どもがことばを使い始める2歳くらいということになります。しかもそれは「大人の側では「教育」などと思っていない何気ない行動」(傍線部(ア))から「教育」されていることをチブラとゲルゲリーは示しました。
②段落。(1歳の子どもに、ともに魅力的な物を左右に置くと、子どもは先に視線を合わせた実験者の視線を追従して、実験者が見た物を見る。第二の実験者が二つの物で迷ったふりをすると、子どもは第一の実験者が視線を向けた物を指差す。)
③段落。(次に子どもにとって、好き嫌いに違いのあるものを左右に置く。例えば、ある子どもは赤い物が青い物より好きだとする。先に視線を合わせた第一の実験者が青を見ると、子どもも視線を追従し青を見る。第二の実験者が二つの物で迷ったふりをすると、子どもはどちらを指差すか。)
④段落。「子どもは自分の好きな赤いほうではなく、第一の実験者が見て視線追従した青いほうをさす割合のほうが多いのです」(傍線部(イ))。これが先に示したように、はじめに第一実験者が、子どもと目を合わせることなく、一人で勝手に子どもの好きでないほうを見て立ち去るようすを見せた場合は、第二の実験者が来たときに子どもが指差すのは、圧倒的に子ども自身が好きな色でした。
⑤段落。これはおそらく、子どもが第一実験者が視線を使ってわざわざ注意を促して見せたもののほうが「選ばれるべきもの」、個人的好みではなく「客観的に価値のあるもの」とみなして、それを第三者に教えようとしているのだと考えられます。自分の好みとは別次元の客観的・普遍的価値基準を、この年齢の子どもは大人のふるまいから察し、それを他者に伝えようとしているのです。このような大人と子どもの自然なやり取りの中で生じている「教育」の機能を、チブラとゲルゲリーは「自然の教育」と名づけました。
⑥段落。この実験が示唆していることがらは、人間の本質に関わるきわめて重要な意味を持っています。まず、ヒトの子どもはかなり小さいとき.、ひょっとしたら生まれたときから、他者から何かを教わる能力を持っていると同時に、他者に何かを教えようとする能力を持っているということが読み取れます。
⑦段落。教えによって学ぶことができるためには、「教える能力と教わって学ぶ能力」(傍線部(ウ))の両方がなければなりません。…つまり教育する心の働きと教育によって学ぶ心の働きは、進化の過程で同時に獲得されていなければならない相補性があるのだと思われます。
⑧段落。さらに重要なことは、こんなに小さいときに現れているこうしたコミュニケーションを通じて伝えられている情報が、それを伝える大人にとっても子どもにとっても、「よいもの」であるという「規範性」を持ったもの、あるいは「一般性」のある知識として伝えられているということです。
⑨段落。もし他者とのコミュニケーションで伝えている情報が、個人を超えた「一般性」「規範性」を持つものであるとしたら、しかもそれを互恵的に伝え合うことを、生まれて間もないころからできるというのが確かだとしたら、さらにそれが教育を成り立たせている心の動きの原点にあるとしたら、それは極めて重要な発見であるといえるでしょう。
⑩段落。人間は、どうしようもなく利己的で、己の利益になることを最優先に考える動物のようですが、実はこんな形で、かなり早いときから、自分個人を超えた一般的知識の世界の中に住む能力を備えていると考えられるのです。これは人間における「公と私」の問題にかかわる重要な知見だといえるでしょう。…ヒトはおそらく生物学的に「公的」な世界を意識し、「私的」な世界と折り合いをつけようとする動物なのではないかと思われます。
〈設問解説〉問一 (漢字)
(1)魅力 (2)促 (3)示唆 (4)派生 (5)罰
問二「大人の側では「教育」などと思っていない何気ない行動」とあるが、これはどのような行動を指すのか。本文の内容に即して30字以内で説明せよ。
内容説明問題。具体的には②③段落のチブラとゲルゲリーは実験のような行動を指すが、これはあくまで大人の「行動」をモデル化(典型化)したものなので、この実験での行動を踏まえた上で、できるだけ一般化した形で示す。そこで主に参照するのは具体的な実験を抽象化して考察した⑤段落となる。ポイントは、a)規範性(←⑧)(青)の指示(行動の核)、b)それは個人的嗜好(赤)を超えている、c)それは大人の無意識な行動による、d)子どもは言葉を話し始める前である(←①)。以上をまとめる。
〈GV解答例〉
言葉を介することなく無意識に個を超えた規範性を指し示す行動。(30)
〈参考 S台解答例〉
子どもと目を合わせ、意図せず追従を誘っている自然なふるまい。(30)
〈参考 K塾解答例〉
大人が子どもにみせる、眼差しやしぐさといった自然な行動。(28)
〈参考 Yゼミ解答例〉
視線や身体などを通じて子供とやり取りする、ごく日常的な行動。(30)
問三「子どもは、自分の好きな赤いほうではなく、第一の実験者が見て視線追従した青いほうをさす割合のほうが多いのです」について、この実験の結果は、子どもが何を学んだことを示しているのか。本文の内容に即して30字以内で説明せよ。
内容説明問題。これも問二と同様、具体的な実験を承け抽象化して考察する⑤段落が根拠となる。問二が「教える」大人の側を中心にまとめたのに対し、こちらは子どもの「学び」を端的にまとめる問題。特に、「子どもが…個人的好みではなく「客観的に価値のあるもの」とみなし」「自分の好みとは別次元の客観的・普遍的基準を、この年齢の子どもは大人のふるまいから察し」が参考になる。つまり子どもは、「個人的好みとは別次元の/客観的に価値のあるものの/存在と/基準」について学んだのである。
〈GV解答例〉
個人的好みとは別次元の客観的に価値のあるものについての基準。(30)
〈参考 S台解答例〉
自分個人の好みとは別の客観的・普遍的な価値が存在すること。(29)
〈参考 K塾解答例〉
自分の好みとは別次元の、他者に伝えるべき、客観的価値の存在。(30)
〈参考 Yゼミ解答例〉
大人が目線で示す物に自分の好みを超えた客観的価値があること。(30)
問四「教える能力と教わって学ぶ能力」の両者の関係を筆者はどのようにとらえているのか。本文の内容に即して30字以内で説明せよ。
内容説明問題。「教える能力と学ぶ能力の関係」の説明は傍線部に続く部分にあり、それは⑦段落に限られる(⑧段落は「さらに」(添加)で始まる別要素の説明になる)。それも、段落末文「つまり」以下に要約されている。すなわち「(教育する心の働きと教育によって学ぶ心の働きは)進化の過程で同時に獲得されていなければならない(要素1)/相補性がある(要素2)」から解答をつくる。
〈GV解答例〉
進化の過程で同時に獲得されていなければならない相補的な関係。(30)
〈参考 S台解答例〉
進化の過程で同時に獲得されていなければならない相補的な関係。(30)
〈参考 K塾解答例〉
二つの能力が相伴って、はじめて各々が機能する、相補的な関係。(30)
〈参考 Yゼミ解答例〉
進化の過程で同時に獲得され、互いに補い合うという関係。(27)
問五 筆者はこの文章で「ヒト」をどのような動物ととらえているのか。本文全体の内容を踏まえて90字以内で説明せよ。
内容説明問題(主旨)。「ヒト」についての直接的な言及は⑥段落と最終⑩段落。特に⑩段落末文(本文末文)より「ヒトはおそらく生物学的に「公的」な世界を意識し、「私的」な世界との折り合いつけようとする動物」(A)を解答の締めに置くことは見やすい。その上に⑥段落「ヒトの子どもはかなり小さいとき…から、他者から何かを教わる能力を持っていると同時に、他者に何かを教えようとする能力も持っている」(B)をのせる。ここから「何を/教わり/教える」のかを⑤⑧⑨段落から加える。特に⑧段落「(教わり/教えるの相補性を承け)(さらに重要なことは)こんなに小さいときに現れている(C1)/こうしたコミュニケーションを通じて伝えられている情報が(C2)/「よいもの」であるという「規範性」を持ったもの(C3)/「一般性」のある知識として伝えられている(C4)(ということです)」を参考にすればよい。
以上より「言葉獲得以前から(C1)/他者との関わりの中で(C2)/個人を超えた一般的な知識や(C4)/規範的なあり方を(C3)/学び、同時に教えながら(B)/公的な世界に参入し、生まれついての利己的な自己と折り合いをつけようとする動物(A+⑩)」。
〈GV解答例〉
言葉獲得以前から他者との関わりの中で、個人を超えた一般的な知識や規範的なあり方を学び、同時に教えながら公的な世界に参入し、生まれついての利己的な自己と折り合いをつけようとする動物。(90)
〈参考 S台解答例〉
自分個人の利益や好みを超えた一般的知識や規範の把握を通じて公的な世界を意識し、それを互恵的に伝え合うことで私的な世界と折り合いをつけようとする心の働きを生まれながらに備えた動物。(89)
〈参考 K塾解答例〉
個人の好みや利己的欲求を超えた一般的・規範的な判断基準を、早くから学び教えることで身につけるために、生物として自然に「公的」な世界と「私的」な世界の折り合いをつけるようになる動物。(90)
〈参考 Yゼミ解答例〉
自己利益を追求する傾向を持ちながらも、幼少期の早い段階から他者との交流を通じて個人を超えた一般的な知識や判断基準を伝達・学習する力を発揮することで、公私の均衡を保とうとする動物。(89)