〈本文理解〉

出典は加茂直樹『社会哲学の現代的展開』。表現に着目して重要箇所を抽出する。極力、本文の言葉で理解を試みる。

①②段落。環境問題を取り上げる場合、環境を保護することの妥当性はしばしば自明のこととして前提とされるが、「環境の保護」が何を意味するかはそれほど明らかではない。そして、このような問題においては、表現における微妙な意味の差異が実践上の重大な差異になりうる。(①段落)
その上、この問題にあたっては、保護されるべき対象として、「環境」だけではなく、「自然」と「生態系」がよく挙げられるが、これら相互間にはニュアンスの違いがあり、場合によってはその違いが重要になる。これらの概念について簡単な分析を試みよう。(②段落)

③~⑤段落。まず自然は、近代の自然科学的な見方からいえば、それ自体としては価値や目的を含まず、因果的・機械論的に把握される世界である。人間ももちろん自然の一部であるから、人間が自然にどのような人為を加えても、それは自然に反するものではない。「すべての事象は等しく自然的である」(傍線部ア)。(③段落)

だから「自然を守れ」というスローガンに実質的意味を与えるためには、広義の自然の内部において人為だけを特別のものとして位置づけ、人為による改変をどれだけ受けているかによって自然の価値評価をすることが必要である。(そして)人間は自然に人為を加えることなしには生存できない。だから人間の守るべき自然は、手つかずの自然ではなく、人為が加えられて人間が生存しやすくなった自然である。(④段落)

自然は、以上に見てきたように「元来は没価値的な概念であり、人間との関連によって初めて守るべき価値を付与される」(傍線部イ)と考えられる。では、生態系という概念についてはどうであろうか。(⑤段落)

⑥~⑩段落。(生態系の一般的定義/⑥段落)。生態系の概念には、自然の概念とは違って、価値が含まれており、この価値が倫理規範を根拠づける、という考え方がある。生態系は生物共同体であり、その安定が乱されるならば多くの種の存続が脅かされるので、共同体の構成員としての人間にはこの安定を維持する義務がある、というのである。このような、生態系の概念から倫理規範の導出は可能であろうか。(⑦段落)

この点に関連して第一に注意すべきは、生物共同体が人間だけを構成員とする道徳共同体と重要なところで異なっている。生物共同体を構成する生物たちには、人間を除いて、権利や義務の意識がないので、責任を問えないのである。(⑧段落)

第二に、生態系の安定によって守られるのは種であって、種の存続のためにしばしば個の犠牲が要求される。生態系の安定と平衡は、弱肉強食を主体とする食物連鎖によって成立しているのである。「個人の生命の尊重という人間社会の倫理を動物の個体に適用することが、かえってその動物種の破滅を招くというようなことも起こりうる」(傍線部ウ)のである。(⑨段落)

以上の考察は、生態系そのものに価値があるということを必ずしも含意しない。「生態系の概念には、機械論的に把握された自然の概念よりも豊かな内容が含まれているといえるであろう」(傍線部エ)。しかし、それに価値が内在しており、その価値が生態系を守るべしという義務を根拠づけている、断定するのは難しい。(理由/生態系の相対性)。しかし、人間にとっては、自らが快適に生存できる安定の状態こそが貴重である。だから「生態系を守れ」と叫ぶときの生態系とは、実は人間の生存にとって好都合な、生態系の特定の状態に他ならないのである。(⑩段落)

⑪段落。環境という概念は、自然や生態系と異なり、ある主体を前提とする。問われているのは、人間という主体にとっての環境である。だから、環境保護は第一義的に人間のためのものである。

⑫段落。以上の考察が正しいとするならば、「地球を救え」「自然にやさしく」といった環境保護運動のスローガンは不適切である。このような表現は、人類が地球や自然のために利他的に努力する、というニュアンスを含むからである。われわれが守らなければならないのは、人類の生存を可能にしている地球環境条件である。だから、「われわれの努力を根本的に動機づけるのは人類の利己主義であり、そのことの自覚がまず、そのことの自覚がまず必要である」(傍線部オ)。

〈設問解説〉設問(一)「すべての事象は等しく自然的である」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。傍線は③段落の締めにある。当段落から「自然」の説明が始まり、④段落は「だから」で始まる因果的帰結なので、傍線の言い換えは基本的に③段落から探すことになる。

まず「すべての事象は等しく自然的」といっても「自然」が「自然的」であるのはトートロジーである。ここでは、当段落で話題となっている「人為」も他の自然と等しく「自然的」だということを示せればよい。また「自然的」という状態も言い換えて示す必要があるが、これは段落冒頭の「(自然は、近代の自然科学的な見方からいえば、)それ自体としては価値や目的を含まず、因果的・機械論的に把握されA」と対応する。

それで「人為」だが、「人間も…自然の一部」であり、その人間が自然に「どのような人為を加えても」それは「因果的過程の一部である」という形で述部のAに繋いだらよい。

<GV解答例>
近代自然科学の見方に従えば、人間も自然の一部である以上、いかなる人為も因果的過程の一部にすぎず、価値的な評価は含まないということ。(65字)

<参考 S台解答例>
自然は、人為を含めたいかなる事象にも価値としての差異はなく、あるがままに因果の連関で現象する世界であるということ。(57字)

設問(二)「元来は没価値的な概念であり、人間との関連づけによって初めて守るべき価値を付与される」(傍線部イ)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。傍線の主語は「自然」であり、傍線前に「以上に見てきたように」とあるので、解答箇所は前段までの③④段落である。「(自然は)元来は没価値的な概念でありA/人間との関連づけによってB/初めてC/守るべき価値を付与されるD」と分けて言い換える。Bにポイントがありそうだ。

④段落のラスト二文より「人間の生存を可能にするのは、ある程度人為の加わった自然である/だから人間の守るべきは、人為が加えられた自然である」という内容をピック。これより「一定の人為が加わり人間の生存を可能にする自然がB/保護の対象となるD」という解答の核ができる。Aについては③段落より、前提も併せて、「近代的な見方によれば/自然には価値は内在せず」としBDに繋げばよい。さらにCは「限定条件」を表すと見て「~限りにおいて」と言い換えておいた。

<GV解答例>
近代的な見方によれば、自然に価値は内在せず、一定の人為が加わり人間の生存を可能にする限りにおいて、保護の対象となりうるということ。(65字)

<参考 S台解答例>
価値と無縁な自然は、人為が加わり人間の生存に適したものとなることで、守るべき自然としての価値が生まれてくるということ。(59字)

設問(三)「個人の生命の尊重という人間社会の倫理を動物の個体に適用することが、かえってその動物種の破滅を招くというようなことも起こりうる」(傍線部ウ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。(60字程度)

理由説明問題。ザックリ「個の尊重がS/かえって/種の破滅を招きうるG」という逆説的事態(アイロニー)をつなぐ理由Rを指摘する。傍線は⑨段落の締めで、解答根拠は「第二に」で始まる(つまり内容的に独立している)当段落から探す。

主語Sを傍線部に戻って的確に言い換えると「人間の倫理観に基づき動物個体を過剰に保護することS」くらいになろう。ここでの動物保護は一般的な程度を越えたものであるとの理解を示す必要がある。

そのSから繋いでGに着地させる要素Rとして「(Sは)(弱肉強食を主体とする食物連鎖に基づく)生態系の安定と平衡を乱すR1」という内容をピック。これではまだ「種の破滅G」にきれいに接続しないので、さらに「(R1は)個の犠牲を前提とする種の存続が脅かされるR2」という内容をピックしGに着地させる。(S→R1→R2→(G))

<GV解答例>
人間の倫理観に基づき動物個体を過剰に保護することは、生態系の安定と平衡を乱し、個の犠牲を前提とする種の存続を脅かすことになるから。(65字)

<S台解答例>
個体の生命の尊重は、弱肉強食でなりたつ生態系の食物連鎖の安定を崩し、逆にその動物種の生存を脅かすことになりかねないから。(60字)

設問(四)「生態系の概念には、機械論的に把握された自然の概念よりも豊かな内容が含まれているといえるであろう」とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題で対比を指摘する。基本的な構文は「Y(y1,y2,…)である自然に対し、生態系はX(x1,x2,…)である」となり、本問の場合Xに肯定的な評価が入る。

まず傍線が⑩段落の逆接の前の譲歩部にあることに注意しよう。つまり、前後で「生態系」自体には、「自然」と同じく、価値が内在しないことを確認している(※よって人間との関係の上でしか倫理規範の導出はできない、という⑦段落からの帰結になる)から、「価値の内在性」は対比ポイントとして除外しなければならない。

要素が少ないYから絞りこむと、③段落冒頭「自然は、近代の自然科学的な見方から…因果的・機械論的に把握され」が根拠になる。これとの対比でXは⑥⑦段落より「地域性/包括系/生物共同体/構成員」がピックできる。両者を整理するとY「因果的要素に還元される自然」、X「地域的属性を備えた成員の共同体」。これでYに対するXの「豊かさ」も表現できた。

さらに「共同体/構成員」という点からXを再考すると、生態系は「成員間の平衡(バランス)」から成り立っており、その平衡が崩れると成員全体に影響が出ると見なす(相互連関性)。その点Yは、「自然科学的な見方」に基づく人間主体(※同時に「自然」つまり客体でもある)の一方的な対象物である。これも加えた。

<GV解答例>
人間主体の対象として因果的な要素に還元される自然に対し、生態系は、地理的属性を持ち相互に作用する成員の集合と見なされるということ。(65字)

<参考 S台解答例>
生態系は、機械論的な自然を越えて、生物と環境との関連性を生物共同体という視点から全体的に捉える概念であるということ。(58字)

設問(五)「われわれの努力を根本的に動機づけるのは人類の利己主義であり、そのことの自覚がまず必要である」(傍線部オ)と筆者が述べるのはなぜか、この文章の論旨をふまえて、100字以上120字以内で述べよ。

理由説明型要約問題。基本的な手順は

1️⃣´ 傍線部自体の端的な理由を示す。(解答の足場)
2️⃣ 「足場」につながる論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
3️⃣ 必要な要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)

1️⃣´ 傍線部を整理すると「(環境保護の)努力を動機づけるには/利己主義の自覚が/まず必要だ(必要条件)」となる。「条件→帰結」に直して言い換えるとA「利己主義の自覚が(条件)/環境保護を動機づけうる(帰結)」またはB「利己主義の自覚なしには(条件)/環境保護は動機づけられない(帰結)」。このうちAの帰結は「可能性」にとどまるが、Bの帰結は条件に対して「必然」であり、Bの表現の方が的確である。これより、当面Bを「利己主義の自覚の必要性G」の直接理由におく。

2️⃣ 傍線部は「だから」で始まるから、当然直前の文「われわれが守らなければならないのは、人類の生存を可能にしている地球環境条件である」(C)が傍線部の理由を構成するはずだが、「C→B」の間には論理的飛躍がある。よってCは議論の前提と見なし、それとBを繋ぐRを探す。(C→R→B→G)傍線のある最終⑫段落は「以上の考察が正しいとするならばD」で始まり「利他的な環境保護の不適切さ(=B)」を指摘する。ならばDが承ける全文内容がCとBを繋ぐRとなる。

3️⃣ この文章は②段落の末文で「これらの概念について簡単な分析を試みよう」とし、以下「自然」「生態系」「環境」と順に説明する。そして、それぞれの論の帰結(⑤/⑩/⑪)で、いずれも「人間との関係」でこそ保護の必要性が生まれると結論する。ならば、「われわれが守るべきは人間の生存を可能にする地球環境でありC/「環境」「自然」「生態系」の保護にもそれは含意されるはずだがR/そうした利己性を無視した環境保護はB1/人々を動機づけないからB2(→G)」という論理が発見できる。

後はB2「動機づけ(ない)」という表現は、もともと傍線にあるものだから、B2に繋がる自明な表現(クッション)を挿入する。「利己性を無視した保護→広範な共感を呼び込めない→動機づけるための利己主義の自覚が必要G」とする。

さらに、冒頭の①②段落は全体の概論として、最終⑫段落と対応することに注意する。そこで①段落「表現における微妙な意味の差異が実践上の重大な差異になりうる」を踏まえ、「利己性を無視した環境保護の実践は、広範な共感を呼びこめず、不利益な帰結をもたらしかねないから(→G)」と締めた。

<GV解答例>
われわれの守るべきは人類生存を可能にする地球環境条件であり、本来それを含意した上で「環境」「自然」「生態系」の保護があるはずなのに、そうした利己性に無自覚な保護運動の実践は、広範な共感を呼びこめず、人類に不利益な帰結をもたらしかねないから。(120字)

<参考 S台解答例>
地球環境の保全は、自然それ自体のためといった利他的なものではなく、人為を加えた自然や、人間の生存を可能にする生態系の安定といった、人間を主体とする人間本位の環境という価値を自覚することによってこそ、欺瞞のない努力の方向が明確になるから。(118字)

設問(六)

a. 微妙 b. 局地 c. 脅 d. 維持 e. 犠牲