目次
- 〈本文理解〉
- 〈〈設問解説〉設問(一)「『地球という同一の生命維持システム』を行為規範の基盤として考える」(傍線部ア)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)
- 設問(二)「欲望の多様化は、奇妙なことに画一化と矛盾せず進行している」(傍線部イ)とあるが、なぜそのようにいえるのか、説明せよ。(60字程度)
- 設問(三)「個そのものが集団のなかで作られていく作りものにすぎない」(傍線部ウ)とあるが、なぜそのようにいえるのか、説明せよ。(60字程度)
- 設問(四)「『合意した』という事実だけが、それを合意として機能させているにすぎない」(傍線部エ)とあるが、どういうことか。
- 設問(五)「非人間中心主義であるものからは、作りもの特有の人間臭さが漂ってくる」(傍線部オ)とあるが、ここで筆者はどのようなことを言おうとしているのか、100字以上120字以内で説明せよ。
- 設問(六)
こんにちは、GVの大岩です。東大国語第一問の解答解説をします。
東大第一問の解説をアップする理由は以下の三点です。
①難度は高いが良問であること。
②標準的な形式で他大学への応用がきくこと。
③公開されている解答に改善の余地が大きいこと。
それで、より良い解答を世に提起し議論の俎上に載せようと思っている訳です、が実際はなかなか反応がありせん。笑 解答を作成、提示するにあたり心掛けていることは以下の二点です。
①より洗練された解答であること。
②無理のない根拠より導かれた、生徒にも再現可能な解答であること。
できれば、こうした解答を提出することで、自らも含めて学ぶものの知の向上に寄与したいと思っています。
〈本文理解〉
出典は伊藤徹『柳宗悦 手としての人間』。本文の形式面に着目して、重要箇所を抽出する。
①段落。個の没落は、生命倫理においてだけ見えてくるものではない。判断の基盤として個人が遥かに乗り越えられてしまうというのは、環境問題の方がイメージしやすい。(後の世代との共同性を判断の足場とする/人間以外の生物や山や川さえ価値を見出す)。「そこでは」人間中心主義を排除しつつ、個人はもちろん、時間的広がりを含み込んだ人類さえも越えて「『地球という同一の生命維持システム』を行為規範の基盤として考える」(傍線部ア)ことが試みられる。
②段落。だがことは、このような「問題」においてだけではない。日頃の生活の中でも私たちは、個が希薄化し匿名のなにものかに解消されていくのを感じている。(「なるほど」今日ほど、個性的でありたいという欲望が広く行き渡っている時代は、かつてなかった…)。「けれども」そうした「欲望の多様化は、奇妙なことに画一化と矛盾せず進行している」(傍線部イ)。(具体例)。ここでいう「個性」とは、大量のパターンのヴェールに隠された画一的なもので、それへの志向は、どこか他所で作られ、いつのまにか私たちに宿り、自身の内から生じたかのように、私たちを駆り立てる。その欲望の源泉は、相互に絡み合って生成消滅する情報であり、個人はその情報が行き交う交差点でしかない。(「責任」概念の曖昧化)。「いずれにせよ」自己が情報により組織化される傾向は、一層促進されるにちがいない。
③段落。「このように」個の解体が現代も続く流れだとすると、集団からの個の救済というシナリオにリアリティを感じない。個が他のなにものにもよらず存在するならば、そもそも解体しない。それが解体してしまうのは「個そのものが集団のなかで作られていく作りものにすぎない」(傍線部ウ)からであり、集団への個の解体とは、個のフィクショナルな性格が露呈したことだ、と考える。
④段落。「しかしながら」集団への解体が進行していくとしても、個に代わって集団が新たな「実体」として登場したことを承認するものではない。生命倫理などにおいて、合意達成の要求そのものが、一致へとは至りがたい多様な意見・価値観の存在を示唆しており、そんな中で合意が達成され機能するとしても、その合意が普遍的基準を表現しているからではなく「『合意した』という事実だけが、それを合意として機能させているにすぎない」(傍線部エ)。そういう意味で、「合意」とは形成されたもの、作る作用に支えられた事実でしかない。
⑤段落。環境問題の場合、基盤となるはずの未来世代との「道徳的共同体」は、未だ存在せぬ者と関わる限り、虚構的性格をもたざるをえない。(…)。「あるいは」人間を「自然との共感と相互性」の中に持ち込む努力も創作でしかなく、生態系にまで認められるとされる「価値」という「非人間中心主義であるはずのものからは、作りもの特有の人間臭さが漂ってくる」(傍線部オ)。(※以上①段落と対応)。「もとより」個がそこへと溶解していく情報の網の目も非実体的なものにほかならない。(※以上②段落と対応)。「そうだとすれば」集団性の中へ解体したといっても、そこに個は、新たな大陸を見出したのではなく、せいぜい波立つ大海に幻のように現れる浮き島に、ひとときの宿りをしているにすぎないのである。
〈設問解説〉設問(一)「『地球という同一の生命維持システム』を行為規範の基盤として考える」(傍線部ア)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)
本文の段落ごとの主題は、①環境問題における個の没落 ②日常における個の没落 ③個の虚構性 ④集団の虚構性(提議) ⑤集団の虚構性(総括)となっており、その段落ごとのポイントに傍線が一つずつ引かれている。よって、基本的に各段落を各設問の解答範囲として捉えたらよい。
内容説明問題だが、傍線部を逐語的に置き換えるだけでは不十分だろう。『…システム』が「どのように」行為の規範となるのかを具体的に示す必要がある。傍線部を一文に延ばして捉えると「そこではA/…時間的な広がりを包み込んだ人類さえも越えてB/『…システム』をC/行為規範の基盤として考えるD」となる。Aの承ける具体的記述の中から「…共同性をC/判断の新たな足場として構築D」と記述を抜き出し傍線部(C/D)と対応させる。Cを営むメンバーは、BとAの承ける内容から「(地球空間を共有する/未来世代も含む)人類+その他の生物/自然物」(E)となる。「環境問題」を考える際には、Eにも「(共生するメンバーとしての)価値を見出し」、それを行為の判断基準と見なす、ということになる。
<GV解答例>
環境問題に際し、共時的または通時的な人類のみならず地球上の他生物や自然物にまで共に生存する価値を見出し、行為の判断基準とすること。(65字)
<参考 S台解答例>
環境問題を考えるとき、人は個々の視点を離れて、地球全体の生命連鎖を基盤にして購読すべきだということ。(50字)
設問(二)「欲望の多様化は、奇妙なことに画一化と矛盾せず進行している」(傍線部イ)とあるが、なぜそのようにいえるのか、説明せよ。(60字程度)
理由説明問題。「欲望の多様化S」から「画一化G」につなぐ理由Rを考える(パラドックス)。まずSについては「そうした」の承ける譲歩部「なるほど」以下と対応している。そこからSを「他者との差異や個性を求める現代人の欲望」と置き換える。そのSが、どうして画一化に帰着するのか。傍線部の後の抽象部を中心にたどっていくと「欲望の源泉は生成消滅している情報でありR1/自己が情報によって組織化されるR2」という内容が拾える。あとは同じ②段落の細部から、上の「生成消滅している」を「責任の所在が不明な」に、「組織化される」を「情報の網目に収束」に置き換え、逆説なので「かえって」という表現を加えた。(S→R1→かえってR2→G)。
<GV解答例>
他者との差異や個性を求める現代人の欲望は、責任の所在の不明な情報に無限に喚起されながら、かえって情報の網の目に収束するものだから。(65字)
<参考 S台解答例>
個性的であろうとする欲望は、すでに大量の情報によって操作され、かえって大衆としての類型的な消費となっているから。(56字)
設問(三)「個そのものが集団のなかで作られていく作りものにすぎない」(傍線部ウ)とあるが、なぜそのようにいえるのか、説明せよ。(60字程度)
理由説明問題。まず、傍線部の後文の「個のフィクショナルな存在性格」という記述を拾う。そして前文「個が他のなにものにも拠らず存在しているのであれば/そもそも解体しようもない」に着目し「(近代的な)個は関係性に規定される虚構だからR1」という直接理由を構成する。次に、そもそもなぜR1といえるのか、という根本理由(R2)に遡及する。そこで③段落の冒頭「このように(環境問題/日常レベル)個の解体が、現代も続く同じ一つ流れだとすると」に着目する。つまり「現代において、あらゆる場面で個の没落が進む以上R2」個は関係性に規定される虚構といえる、となる。最後に、③段落を承けた④段落の冒頭「個に代わって集団が…『実体』として登場した…」と記述に着目し、R1の部分に「個は、実体ではなく、関係性に規定」という内容を加える。
<GV解答例>
今日、あらゆる場面で個の解体が進む以上、近代的な個は、社会を構成する実体ではなく、むしろ関係性により規定される虚構だといえるから。(65字)
<参考 S台解答例>
個の集団への解体は、個人が近代以降、情報を結びつけ交通させる媒体として作られた観念であることを示しているから。(55字)
設問(四)「『合意した』という事実だけが、それを合意として機能させているにすぎない」(傍線部エ)とあるが、どういうことか。
内容説明問題。①『合意した』のカギカッコ外し。②「合意として機能」とは「どのように」機能するのか。まず、傍線部を一文に延ばすと「多様な意見・価値観/普遍的な基準による合意は成立しない」という内容が拾え、直後の文から「合意は形成されたもの」が拾える。ここから「価値観の多様化により/普遍的合意が見出しにくいので/合意を装う」という前半の内容ができる(カッコ外し)。
次に、④段落全体を見渡すと、ここでは冒頭から「(個を基盤となる)集団も実は実体ではない」という内容だった。そこから再び傍線部を検討すると「集団の普遍的合意が見出しにくいので/あえて合意を装うことで/集団を機能させる」ということになるのではないか。そう考えると、次段落で「集団の虚構性」について考察を深めていく内容にもうまく接続する。
<GV解答例>
今日の価値観の多様化により、集団を統御する普遍的合意が見出しにくい以上、むしろ合意を装うことで集団を機能させるしかないということ。(65字)
<参考 S台解答例>
虚構にすぎない集団は、多様な意見や価値観を統合したかのように装うことで、何とか社会的に機能するようになること。(55字)
設問(五)「非人間中心主義であるものからは、作りもの特有の人間臭さが漂ってくる」(傍線部オ)とあるが、ここで筆者はどのようなことを言おうとしているのか、100字以上120字以内で説明せよ。
「内容説明型」要約問題。基本的な手順は
(1)傍線部自体を簡単に言い換える。(解答の足場)
(2)「足場」につながる論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
(3)必要な要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(デティール)
ただし、今回は「どういうことを言おうとしているのか」という真意を問う問題である。傍線部からどこに帰結するのか、または傍線部自体の含意する内容を抽出するのか、検討を加える必要がある。
(1) 傍線部を含む一文は「あるいは」で始まり、生態系にも価値を認める「非人間中心主義」には「人間臭さ」が漂ってくる、とする。ここから続く部分に筆者の「言いたいこと」が明記されているのか、段落全体の構成を見渡す必要がある。
(2)傍線部のある最終⑤段落は、④段落を承けて「集団の虚構性」について論を進める部分である。傍線部は「あるいは」で始まるが、これは⑤段落冒頭の文との並列を表わす。つまり、環境問題において「未来世代」を我々との共同体に含むことが「虚構」であるように、「生態系」を共同体に含む、非人間中心主義的な見方も「作りもの特有の人間臭さ」がある、とする。すなわち、ここまでの部分で①段落で述べたような環境問題に際しての「地球共同体」的な見方の虚構性(A)を説く。
それに対して「もとより」で始まる傍線部の次文は、個を取り込む「情報の網の目」の「非実体性」(B)を指摘しており、これは②段落の記述と対応する。
それならば、「そうだとすれば」で始まる⑤段落最終文「集団性の中に解体していったとしても/そこに個は…浮き島にひとときの宿りをしているにすぎない」というのは、AとBをともに承けた上で「虚構にすぎない近代的な個が拠って立つ集団も実は虚構だ」と言おうとしているのである。これが傍線部から帰結する筆者の「言いたいこと」である。
ここから解答にあたっての構文は、傍線部の内容も踏まえた上で
「近代的な個は虚構にすぎないがC/その基盤となる集団も虚構であることが/環境倫理の発想D/から見てとれるということ。」
となる。
(3)全文を見渡してCとDの内容を具体化する。といっても、Dについては⑤段落の前半の内容で(2)で検討した通り。「あるいは」の前後の並列関係を見逃さず「未来世代や自然物にまで現在を生きる人間の価値を適用し共同性を見出す環境倫理の発想」とする。
Cについては、③段落・設問(三)で考察した内容から「現代社会で顕著な個の解体(没落)は/むしろ近代的な個が実体ではなく集団により規定された虚構であることを示すが」とする。
<GV解答例>
現代社会に特徴的な個の没落は、逆に近代的な個が実体ではなく集団により規定された虚構であることを示すが、その集団自体も虚構であることが、未来世代や自然物にまで現在を生きる人間の価値を敷衍し共同性を見出す環境倫理の発想から見てとれるということ。(120字)
<参考 S台解答例>
環境倫理を考える際には、個の解体した現在、人間中心主義を排除すべきだとするしかないが、そうした自然や後の世代も含めてとらえた集団の共同性も非実体的なものにすぎず、人間の想像力による虚構であるという、人間中心主義の限界は免れないこと。(116字)
設問(六)
a.侵害 b.匿名 c.抗争 d.源泉 e.促進