〈本文理解〉

出典は小川さやか「時間を与えあう──商業経済と人間経済の連環を築く「負債」をめぐって」。筆者は文化人類学者。
 

問一「行商人たちにとって掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性とも合致していた」(傍線部ア)とあるが、それはなぜか、説明せよ。(二行)

 
〈GV解答例〉
客を探し値段交渉をする行商人にとってツケを認め信用を与えることは、得意客の確保や維持、販売増加に伴う仕入れ時の優遇につながるから。(65)
 
〈参考 S台解答例〉
掛け売りは得意客の確保や維持につながり、売り上げを増大させて自身の信用を高め、ツケが緊急時に貯蓄のように機能するから。(59)
 
〈参考 K塾解答例〉
後払いの容認が、余剰の現金を欠く者も得意客として確保し、販売数を稼ぐことで仕入れ時の優遇を図り、緊急時の備えになるといった利得を生むから。(69)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
掛け売りは得意客を増やし、ツケ回収時に新たな販売機会を生むとともに、販売数の増加で仕入れを有利にし、ツケが預金の代用ともなるから。(65)
 
〈参考 T進解答例〉
得意客の確保や維持、支払時の商品購入の可能性、販売数増加に伴う仕入れ先からの優遇、商売不調時に回収する債権としての活用といった経済的利益があるから。(74)
 

問二「まだ返してもらっていないだけだ」(傍線部イ)とあるが、なぜそう主張できるのか、説明せよ。(二行)

〈GV解答例〉
ツケは商品やサービスの対価として受け取るべきものだが、支払いまでの時間的猶予は客に与えられたものであり、その裁量のうちにあるから。(65)
 
〈参考 S台解答例〉
帳簿もなく支払う余裕ができるまで待とうとする以上、長期の未返済も信用の不履行ではなく、返済できる状態にないだけだと考えるから。(63)
 
〈参考 K塾解答例〉
商品の対価を支払う責任が客にあるのはもちろんだが、いつ支払うのかの判断は客に任されているという了解が売り手と買い手の間で共有されているから。(70)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
掛け売りは支払いの猶予と同時に、支払う余裕ができるまでの時間を買い手に与えることであり、その時期がまだ来ていないと考えるから。(63)
 
〈参考 T進解答例〉
掛け売りでは、支払いの余裕が生じるまでの時間や機会は贈与されたもので容易に奪えず、支払い期限は客が主観に基づき決定されるが、負債自体は存続するから。(74)
 

問三「生活全般の上では帳尻があっている」(傍線部ウ)とはどういうことか、説明せよ。(二行)

 
〈GV解答例〉
一度ツケを認めたことは、商取引自体の帰結とは独立して、客からの継続的な便宜を引き出し、生活を送る上では十分な利点があるということ。(65)
 
〈参考 S台解答例〉
掛け売りは、相手に支払うまでの時間的猶予を贈与したという意味をもち、支払い以外で贈与に対する返礼がなされるということ。(59)
 
〈参考 K塾解答例〉
未払いによる商取引上の不均衡があっても、相手に配慮示されたら返礼し、困窮しているときには助け合うことで人々の生は営まれているということ。(68)
 
〈参考 K塾解答例〉
掛け売りの代金が回収できなくても、支払いの時間や機会を猶予したことに対しては、買い手からそれに見合う返礼がなされているということ。(65)
 
〈参考 T進解答例〉
掛け売りは代金支払契約と猶予される時間や機会の贈与に区分され、後者への返礼がなされて贈与交換が成立すると、互いが不利益を感じない状況が現出すること。(74)
 

問四「この余韻が商取引の帳尻をあわせる失敗を時間や機会の贈与交換に回収させるステップになる」(傍線部エ)とあるが、筆者はどのようなことを言っているのか、本文全体の趣旨を踏まえて100字以上120字以内で説明せよ。

 
〈GV解答例〉
行商人が客との交渉により回収困難なツケを認めることで生じた前者の損と後者の得は、同時に反転した心的作用を含み、信用を与えられた負い目で前者に便宜を図ろうとする後者の義務感を引き出し、市場原理と並行した相互扶助の基盤を成り立たせるということ。(120)
 
〈参考 S台解答例〉
掛け売りの交渉において、騙し騙されながらも互いに助けあっているという感触をもつことが、市場交換としては非合理な不均衡を互いに生活を立て直す時間を与えあうことへと変換し、困難を抱える人間が共に支えあって生きることを可能にしているということ。(119)
 
〈参考 K塾解答例〉
掛け売りは商取引の一種だが、相手の訴える困窮に応じてツケを設定する際に助けた・助けられたという感覚を抱くことで、代金が回収できなくても、支払いの猶予を相手に与えたことへの返礼が得られればよいと納得でき、そこに相互扶助の気風が醸成されること。(120)
 
〈参考 K塾解答例〉
掛け売りは単なる商品の市場交換にとどまらず、交渉に成功した側には相手への負い目を、失敗した側には自分が助けたという優越感を与えることで、たとえ代金の回収に失敗しても支払いの時間や機会の猶予に関する贈与関係を生むきっかけになるということ。(118)
 
〈参考 T進解答例〉
客と行商人が相互に自身の困難を訴え合う掛け売りの交渉において、勝者には相手に助けられた、敗者には相手を助けたという思いが残ることで、ツケの取り立ての不能は、支払い猶予とそれに対して返礼を行う贈与交換の関係の成立へと昇華されていくということ。(120)
 

問五 (漢字の書き取り)

a.曖昧 b.憤 c.拘泥