〈本文理解〉
出典は河野哲也『意識は実在しない』。できるだけ「内容」面の補足は加えず「形式」面に着目して、本文の概略をたどろう。
①~③段落(意味段落Ⅰ)、環境問題について。それをより深いレベルで捉え、私たちの現在の自然観・世界観を見直す必要がある。それは「近代科学の自然観」であり、その中に「生態系の維持と保護」に相反する発想が含まれている。
④~⑫段落(意味段落Ⅱ)、近代科学の自然観について。第一の特徴は、機械論的自然観である(⑤段落)。第二の特徴は、原子論的な還元主義である(⑥段落)。「ここから」第三の特徴として「物心二元論」(傍線部ア)が生じてくる(⑦段落)。
以下、⑩段落までその説明。真に実在するのは物理学が記述する無情の世界、それを意味づけるのが知覚の世界(主観の世界)であり、両者は異質なものとして存在する。「いわば」「自然賛美の叙情詩を作る詩人は、いまや人間の精神の素晴らしさを讃える自己賛美を口にしなければならなくなった」(傍線部イ)のである。
二元論によれば、自然は、何の個性(場所・歴史)もない粒子が反復的に法則に従っているだけの存在である。自然を分解して、材料として他の場所で利用する、近代科学の自然に対する知的・実践的態度は「自然をかみ砕いて栄養として摂取することに比較できる」(傍線部ウ)。
⑫段落で、人間が自然を機械とみなし、そこから意味や価値を剥奪したことで、自然の徹底的な利用を可能にし、現在の環境問題を招いた、とし以上をまとめる。
⑬~⑯段落(意味段落Ⅲ)、近代の人間観について。「だが実は」この自然に対するスタンスは、人間にもあてはめられてきた。むしろ、人間に対する態度の反映といえる(⑬段落)。
近代社会は、人間を共同体の桎梏から解放された自由な主体として、諸特徴が捨象され単独で規則や法に従う存在として捉える。こうした個人概念は、どこかで標準的な人間像を規定し、それに沿わない人間を排除し抑圧する。近代科学が自然環境にもたらす問題と、これらの「従来の原子論的な個人概念から生じる政治的・社会的問題」(傍線部エ)とは同型なのである。
⑰~⑲段落(意味段落Ⅳ)、冒頭の図式「近代科学の自然観」による「生態系」の破壊、という主題に戻る。生態系は、その内部の無機・有機の構成体が、循環的に相互作用しながら、個性、歴史性、場所性を醸成した全体論的存在である。そこに棲息する動植物(われわれ人間も当然含むだろう)は個性ある生態を営んでいる。それを見逃す近代の二元論的自然観(かつ二元論的人間観・社会観)こそが、環境問題の根底にある。「自然破壊によって人間も動物も住めなくなった場所は、そのような考え方がもたらした悲劇的帰結である」(傍線部オ)。
〈設問解説〉
設問(一)「物心二元論」(傍線部ア)とあるのはどういうことか、本文の趣旨に従って説明せよ。(60字程度)
内容説明問題。近代科学の自然観の特徴(前提④)である「物」「心」「二元論」を、常識的な理解に頼らず「本文の趣旨」により説明する。直接的な該当箇所は⑦~⑩段落だが、傍線部の文が「ここから」で始まるので⑤段落「機械論的自然観」(→法則性に基づく)と⑥段落「原子論的な還元主義」(→微粒子と法則性からなる)の要素を「物」(→没価値の存在⑩)の説明に加える。
「心」は「物」を知覚し意味づける「非存在の価値⑩」である。この「物」と「心」が「異質なもの=パラレル」としてある(←「二元論」)。
<GV解答例>
近代科学の自然観では、自然法則に従う微粒子による没価値の実在と、それを知覚し意味を付与する非在の世界が並行して成り立つということ。(65字)
<参考 S台解答例>
近代科学の自然観では、微粒子と法則でできた物的世界こそが自然の実在で、心が生み出す知覚世界は表象にすぎないとすること。(59字)
<参考 K塾解答例>
自然は法則に従う微粒子のみを実在とする物理的世界であり、その知覚を介して意味づけられた表象は主観的世界であるとして、両者を峻別すること。(68字)
設問(二)「自然賛美の抒情詩を作る詩人は、いまや人間の精神の素晴らしさを讃える自己賛美を口にしなければならなくなった」(傍線部イ)とあるが、なぜそのような事態になるといえるのか、説明せよ。(60字程度)
理由説明問題。傍線部がアイロニー(予期した事態と逆の事態になること、時間的パラドックス)であることに留意し、その前後の矛盾する事態をつなぐ要素(理由)を探す。傍線部を単純化し「自然への賛美は、かえって人間自身に向かうものになる」と捉える(逆説には「かえって」が定石)。
その上で、傍線部の一文が「いわば」(比喩的言い換え)で始まることに着目し、直前の「自然の意味や価値は主体によって与えられる」と、その裏「自然には意味や価値は内在しない」とを加え理由とする。もちろん「二元論的認識」の中での話であるから、忘れずに!
<GV解答例>
二元論的認識では自然自体には意味や価値は帰属しないため、自然への称賛はかえって、価値付与主体である人間自身に向かうものになるから。(65字)
<参考 S台解答例>
自然への賛美は、自然の意味や価値が人間の精神の所産でしかないとする二元論では、かえって人間自身への賛美に帰着するから。(59字)
<参考 K塾解答例>
近代の自然観によれば、自然自体は意味や価値を帯びないため、自然を称揚しても、そこに意味や価値を与えた人間精神の称揚でしかなくなるから。(67字)
設問(三)「自然をかみ砕いて栄養として摂取することに比較できる」(傍線部ウ)とあるが、なぜそういえるのか、説明せよ。(60字程度)
理由説明問題。「近代科学の自然に対する知的・実践的態度(P)」が「自然をかみ砕いて栄養として摂取すること(Q)」に比較できる理由、つまりPとQの類比を説明する問題。
類比・対比の答え方は二つ。〈一括型〉で「PとQはAで同じ(違う)」と答えるか〈分離型〉で「Pは(p1,p2…)であり、Qは(q1,q2…)である」と答えるか。本問の場合〈分離型〉にすると「比較そのもの」にとどまり「比較できる理由」には届かない。〈一括型〉でPとQの共通性を抽出して示す方針をとる。
⑪段落より、傍線部の「自然をかみ砕いて/栄養として/摂取する」(Q)は「原子の構造を砕いて/核分裂のエネルギーを/取り出す」「自然を分解して/材料として/…利用する」(P)と対応する。以上より「自然物を極微にまで分解して/人間に資する要素に/還元する」(P∩Q)とまとめる。これに「自然は、場所と歴史としての特殊性を奪われる」を加え「Aという点で近代科学の態度は食物摂取と通じるから(→比較できる)」の形でまとめた。
<GV解答例>
自然物を固有の場所と歴史から切り離し、極微にまで分解を進め、人間に資する要素に還元する点で、近代科学の態度は食物摂取と通じるから。(65字)
<参考 S台解答例>
近代科学が、個性を剥奪した自然を分解し資源として利用することは、栄養の摂取に似ているが度を越えた徹底性をもつから。(57字)
<参考 K塾解答例>
近代科学が自然の個性を無視して徹底的に分解したうえで資源を取り出そうとすることは、食物摂取を栄養の点からのみ見ることに似ているから。(66字)
設問(四)「従来の原子論的な個人概念から生じる政治的・社会的問題」(傍線部エ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)
内容説明問題。「従来の原子論的な個人概念(a)」と、そこから生じる「政治的・社会的問題(b)」を説明する。aはポジ要素でまとめ、それに内在する要因(c)から、ネガ要素としてのbが生じる、という形にしたい。
a要素については⑬段落末文の「こうした個人概念」の指す二文から「自由な主体/諸特徴を取り除き/単独の存在/規則や法に従って」を抽出する。つなぎのc要素は⑮段落より「標準的な人間像を規定」を使う。その「規定」に沿わないものは「排除」され、個々人の「潜在能力」は「十全に発揮」できない、と続くので、これをb要素とする。abcを要素が重ならないようにまとめる。
留意点 傍線部を一文にのばした時、「近代科学が自然環境にもらたす問題(d)」とbとが同型である、となる。ならばdとの類比に留意してbをまとめる必要があるが、少し見にくい。dについては⑫や①~③⑰~⑲に記述があるが、そこから「個性ある生態系の破壊」との重なりを意識した。
留意点 傍線部内の「政治的」と「社会的」の区別。こうした言葉は「対比的」に把握した上で、本文の構造上分けて論じているなら、解答にも分けて示す必要がある。「社会」は「自発性※1」、「政治」は「作為性※2」くらいで捉えればよいが、ここは構造上の区別はないと考えられる。一応、「問題」として二つの要素を「、」で分けて述べておく。
※1「複数の個人が営む自発的な秩序」
※2「社会の権力関係を再編する試み」
<GV解答例>
人間を自由で理性的にふるまう単位とみなす近代の想定は、一方で標準的な人間像から外れる存在を排除し、多様な能力の発現を抑制すること。(65字)
<参考 S台解答例>
自由と平等を掲げて人間を固有の地域性や歴史性から切り離した近代の人間観は、人間を規格化し少数者を排除して抑圧すること。(59字)
<参考 K塾解答例>
個人の諸特徴を捨象し、人間を規範に従うだけの存在と見なすことで、標準的人間像から外れる者を密かに疎外し、諸個人の潜在能力を抑圧すること。(68字)
設問(五)「自然破壊によって人間も動物も住めなくなった場所は、そのような考え方がもたらした悲劇的帰結である」(傍線部オ)とはどういうことか、本文全体の論旨を踏まえた上で、100字以上120字以内で説明せよ。
「内容説明型」要約問題。東大の場合、傍線は基本、本文の結論部に引かれているので、「理由説明型」も含めて、結論までの論旨で傍線部につながる要素を加えて解答を作る。基本的な手順は、
傍線部を簡単に言い換える。(解答の足場)
「足場」につながる必要な論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
必要な小要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)
となる。
傍線部オを、時系列に直して言い換える。「そのような考え方(a)が/自然(b)を破壊し/(その結果)人間(c)も/動物(d)も/住めなくなる」(仮)。こうするだけで、ずいぶん見通しがよくなるのではないか。
全文構成を見渡し、必要な論旨を「足場」に加える。まず傍線部を直接導く「意味段落Ⅳ」は、冒頭の「意味段落Ⅰ」と対応する。そこから「近代科学の自然観」が「生態系」と相反し、その破壊に向かうという論旨が浮かび上がる。Ⅳでは「生態系」の性格と、それが「近代科学の自然観」とどう対立するのかが論じられている。
「近代科学の自然観=二元論的自然観」がaにあたるが、細かい説明は「意味段落Ⅱ」に譲る(後述)。また「生態系」の説明を「動物(d)」の説明と合わせて、bの部分に繰り込んで構文を組み換える。
「近代の二元論的自然観に基づくあり方(a)は/動物の棲息する生態系(b)と/人間の生活(c)を/破壊する結果を招く」(仮)。ここで「人間」だけを分けたのは、人間こそが生態系破壊の主体であり他の動物と資格が違うし、その人間の生活も破壊される点に「悲劇」性があると考えたからだ。
bについては、⑲段落より「全体論的性格/構成体(動植物)の相互作用/長い時間をかけて(歴史性)/場所性」を抽出する。また「そこ(生態系)に棲息する動植物は…個性的な生態を営んでいる」という記述を「人間」にあてはめ、cを「生態系を基盤とする人間の個性的な生のあり様」とした。
aについては、⑪⑫などより「自然を要素と法則に還元(意味や価値を剥奪)/自然を徹底的に利用(搾取)」を抽出できる。また傍線部の直前に「近代の二元論的自然観(かつ二元論的人間観・社会観)の弊害」とあるから、直接的でないにしろ「近代の個人概念」が「二元論的自然観」を補う形で自然破壊をもたらす一因になっていることに触れておきたい。
<GV解答例>
近代の個人概念と通底する二元論的自然観に基づき、人間が自然を要素と法則に還元し搾取するあり方は、その場所で棲息する動植物が相互作用の中で育んできた全体としての生態系と、それを基盤とする人間の個性的な生のあり様を破壊する結果を招くということ。(120字)
<参考 S台解答例>
近代科学の自然観は、人間を孤立した個と見なす人間観と連動し、物心二元論によって自然を分解可能な資源とのみ捉えて利用することで、生物とともに時間をかけて個性的に形成された全体論的な生態系を破壊し、人間すら住めなくなる危機的な環境問題を招いた。(120字)
<参考 K塾解答例>
自然を粒子と法則に還元し、人間がそれに価値を与えるとする考えにより、自然が人間に役立つ資源と見なされ、歴史性や地域性を剥奪された個人から成る社会という考えと相まって、生物の生存を歴史的場所的に可能にする生態系としての自然が破壊されること。(119字)
設問(六)
a. 枯渇 b.効率 c.秩序 d.浸透 e.交換
沖縄 大学受験予備校グレイトヴォヤージュ